・・・「魚のこともHさんはわたしよりはずっと詳しいんです。」「へええ、Hはそんなに学者かね。僕はまた知っているのは剣術ばかりかと思っていた。」 HはMにこう言われても、弓の折れの杖を引きずったまま、ただにやにや笑っていた。「Mさん・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・追っていろいろ詳しい事は、その中に書いてありますそうで――」 叔母はその封書を開く前に、まず度の強そうな眼鏡をかけた。封筒の中には手紙のほかにも、半紙に一の字を引いたのが、四つ折のままはいっていた。「どこ? 神山さん、この太極堂と云・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・それから翌日の午後六時までお君さんが何をしていたか、その間の詳しい消息は、残念ながらおれも知っていない。何故作者たるおれが知っていないのかと云うと――正直に云ってしまえ。おれは今夜中にこの小説を書き上げなければならないからである。 翌日・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・私は顔も洗わずに天文学に委しい教授の処に駈けつけた。教授も始めて実物を見るといって、私を二階窓に案内してくれた。やがて太陽は縦に三つになった。而してその左右にも又二つの光体をかすかながら発見した。それは或る気温の関係で太陽の周囲に白虹が出来・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ 県社の神官に、故実の詳しいのがあって、神燈を調え、供饌を捧げた。 島には鎌倉殿の定紋ついた帷幕を引繞らして、威儀を正した夥多の神官が詰めた。紫玉は、さきほどからここに控えたのである。 あの、底知れずの水に浮いた御幣は、やがて壇・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ それから、妻と主人とお袋とで詳しい勘定をして、僕の宿料やら、井筒屋へ渡す分やらを取って行くと、吉弥のだらしなく使ったそとの借金ぐらいはなお払えるほど残った。しかし、それも僕のうなぎ屋なぞへ払う分にまわった。「お客さんの分まで払うの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・もっともあの娘の始めの口振りじゃ、何でも勤人のところへ行きたい様子で、どうも船乗りではと、進まないらしいようだったがね、私がだんだん詳しい話をして、並みの船乗りではない、これこれでこういうことをする人だと割って聞かしたものだから、しまいには・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・にお前だと、暫らく感嘆していた。 それと、もうひとつあきれたのは、お前の何ともいえぬ薄汚い恰好、そして自身でその薬の広告チラシを配っていることだった。が、この事情は「真相をあばく」に詳しい。 ――朝鮮を食い詰めて、お千鶴を花街に・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それも時田には気が付かない、『なんでも詳しい事は聞かなんだが、今度の継母に娘があってそれが海軍少将とかに奉公している、そいつを幸ちゃんの嫁にしたいと思っているらしい、幸ちゃんはそれがいやでたまらない、それを継母が感づいてつらく当たるらし・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・現在では、作家個人として労働者農民に関するどういう委しい知識、経験を持っていようとも、階級的な組織の中で訓練されなければ、生きた姿において正しく、それを認識し表現することが出来なくなり大衆現実から取残されて変な方向にまよいこんでしまう。とい・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
出典:青空文庫