・・・と全く同じ丁寧な言葉で、音も柔かで、語尾が伸びて曖昧に消えてしまう。けっして「そうだッ」と強く断定する言葉ではない。つまり同じ大阪弁の「そうだす」に当るのである。しかし「そうだす」と書いてしまっては、「そうだ」の感じが出ないし、といって「そ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・「文法の語尾の変化をやっているようだな」ふとそんなに思ってみて、聞いていると不思議に興が乗って来た。「チュクチュクチュク」と始めて「オーシ、チュクチュク」を繰り返す、そのうちにそれが「チュクチュク、オーシ」になったり「オーシ、チュクチュク」・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ という、いかにも力のありそうな男の強い声。はたして、いたのだ。「雑誌社のものですけど、水原先生に、ちょっと、画の相談、……」 語尾が震えている。「ダメです。風邪をひいて寝ています。仕事は、当分ダメでしょう。」 運が悪い・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・「質実な作家が、質実な作家として認められることは、これは、大変なことで、」語尾が震えていた。 たまに、すこし書くのであるから、充分、考えて考えて書かなければなるまい。ナンセンス。 カントは、私に考えることのナンセンスを教えて・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・「おめえは会話の語尾に、ねえ、とか、よ、とかをつけなければものを言えないのか。その語尾の感嘆詞みたいなものだけは、よせ。皮膚にべとつくようでかなわんのだ」私もそれは同じ思いであった。 佐竹はハンケチをていねいに畳んで胸のポケットにしまい・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・急におしゃべりがつまらなくなったみたいに、ふうっと語尾を薄くして、それっきり黙ってしまって、しばらく歩いてから、切って捨てるように、「あれは本の名だったのね。」 私はいよいよ自惚れた。たしかだと思った。母は私に惚れてはいなかったし、私も・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・yをjに、語尾のrをtにするとシナの現代音になる。ハンガリーの夏は nyr。コクネー英語で hot は ot であるがこれは日本語の「アツ」に似ている。フランスの夏が t であるのもおもしろい。アイヌの夏 sak は以上とは仲間はずれである・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・そのrの喉音や語尾の自然な音韻が紛れもないドイツの生粋の気分を旅客の耳に吹き込むものであった。パンとゆで玉子を買って食う。ここでおおぜい乗り込んだ人々が自分ら二人にいろんな話をしかける。言語がよくわからないと見てとってむやみにゆっくり一語一・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・さまざまな語尾のみじかいしゃべりやわらいごえ。「バカだよ、お前さんは」「いたいッ」「何がさ?」「……ちゃんによろしく云っといてねッ」――。 わらい声の一つをききつけて、三吉はハッとする。おぼえのあるわらい声は思いがけなくまじかで、もう顔・・・ 徳永直 「白い道」
・・・安岡の語尾は消えた。「きみの口の周りは、まるで死屍でも食ったように、泥だらけだよ。洗ったらいいだろう。どうしたんだね」 深谷が、静かに言った。 が、その顔には、鬼気があふれていた。 それっきり、安岡は病気になってしまった・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
出典:青空文庫