・・・自分の記憶に誤りがないならば、吾妻橋から新大橋までの間に、もとは五つの渡しがあった。その中で、駒形の渡し、富士見の渡し、安宅の渡しの三つは、しだいに一つずつ、いつとなくすたれて、今ではただ一の橋から浜町へ渡る渡しと、御蔵橋から須賀町へ渡る渡・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・海を青いと考えるのは沖だけ見た大人の誤りである。これは誰でも彼のように海水浴をしさえすれば、異存のない真理に違いない。海は実は代赭色をしている。バケツの錆に似た代赭色をしている。 三十年前の保吉の態度は三十年後の保吉にもそのまま当嵌る態・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・お前の命をたすけたのはお前が己を忘れなかったからだ。しかし己はすべてのお前の行為を是認してはいない。よく己の顔を見ろ。お前の誤りがわかったか。これからも生きられるかどうかはお前の努力次第だ。Aの声 己にはお前の顔がだんだん若くなってゆく・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・それを実感的にひしひしと誤りなく感ずることができるだろうか。そして私の思うところによれば、生命ある思想もしくは知識はその根を感情までおろしていなければならない。科学のようなごく客観的に見える知識でさえが、それを組み上げた学者の感情によって多・・・ 有島武郎 「片信」
一 臆病者というのは、勇気の無い奴に限るものと思っておったのは誤りであった。人間は無事をこいねがうの念の強ければ、その強いだけそれだけ臆病になるものである。人間は誰とて無事をこいねがうの念の無いものは無・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・母の方でもいつまで児供と思っていたが誤りで、自分が悪かったという様な考えに今夜はなったのであろう。今更二人を叱って見ても仕方がない。なに政夫を学校へ遣ってしまいさえせば仔細はないと母の心はちゃんときまって居るらしく、「政や、お前はナ十一・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・この先生のいったことは植物学上誤りのないことだと思っておりました。しかしながら彼の本国に行って聞いたら、先生だいぶ化の皮が現われた。かの国のある学者が、クラークが植物学について口を利くなどとは不思議だ、といって笑っておりました。しかしながら・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・がおりませんならば、不幸一歩を誤りて戦敗の非運に遭いまするならば、その国はそのときたちまちにして亡びてしまうのであります。国家の大危険にして信仰を嘲り、これを無用視するがごときことはありません。私が今日ここにお話しいたしましたデンマークとダ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・なぜなら、人間の本当の幸福は、そうしたところにあるのでなく、たとえそれが童話であるとしても、そうした、これまでの世の中の見方、考方には、少なからざる誤りがあると信ずるがためです。 たとえ、自分達は、衣食に苦しまず、仕合にその日を送ってい・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・美しいと思っていたのが誤りだったと、誰がそう信じて、満足するであろうか。 人間は、希望と光明を持てばこそ、はじめて、幾多の辛酸を凌いでも、前へ、前へと進んで来たのである。人間が、年若くして、人生を美しいと思った。その信念には、間違いがな・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
出典:青空文庫