・・・』と、説法したそうでございます。何しろ出家に妄語はないと日頃から思いこんだ婆さんの事でございますから、これを聞いて肝を消しますまい事か、『成程そう承りますれば、どうやらあの辺の水の色が怪しいように見えますわいな。』で、まだ三月三日にもなりま・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・「常説法教化無数億衆生爾来無量劫。」 法の声は、蘆を渡り、柳に音ずれ、蟋蟀の鳴き細る人の枕に近づくのである。 本所ならば七不思議の一ツに数えよう、月夜の題目船、一人船頭。界隈の人々はそもいかんの感を起す。苫家、伏家に灯の影も漏れ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・「魚説法、というのです――狂言があるんですね。時間もよし、この横へ入った処らしゅうございますから。」 すぐ角を曲るように、樹の枝も指せば、おぼろげな番組の末に箭の標示がしてあった。古典な能の狂言も、社会に、尖端の簇を飛ばすらしい。け・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……また、こりゃお亡くなんなすった父様に代って、一説法せにゃならん。例の晩酌の時と言うとはじまって、貴下が殊の外弱らせられたね。あれを一つ遣りやしょう。」 と片手で小膝をポンと敲き、「飲みながらが可い、召飯りながら聴聞をなさい。これ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・二の烏 道理かな、説法かな。お釈迦様より間違いのない事を云うわ。いや、またお一どのの指環を銜えたのが悪ければ、晴上がった雨も悪し、ほかほかとした陽気も悪し、虹も悪い、と云わねばならぬ。雨や陽気がよくないからとて、どうするものだ。得ての、・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・……お言には――相好説法――と申して、それぞれの備ったおん方は、ただお顔を見たばかりで、心も、身も、命も、信心が起るのじゃと申されます。――わけて、御女体、それはもう、端麗微妙の御面相でなければあいなりません。――……てまいただ、力、力が、・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 彼はすべての芸術も、芸術家も、現代にあっては根本の経済という観念の自覚の上に立たない以上、亡びるという持論から、私に長い説法をした。「君は何か芸術家というものを、何か特種な、経済なんてものの支配を超越した特別な世界のもののように考・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・それに、Tのところで飲むと、その若い美しい新夫人の前で、私はTからいろいろな説法を聴かされるのが、少しうるさかったからでもある。 互いに恋し合った間柄だけに、よそ目にも羨ましいほどの新婚ぶりであった。何という優しいTであろう、――彼は新・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・すでに時代と世相とに相応した機をつかんで立ってる日蓮の説法が、大衆の胸に痛切に響かないはずはない。まして上行菩薩を自覚してる彼が、国を憂い、世を嘆いて、何の私慾もない熱誠のほとばしりに、舌端火を発するとき、とりまく群衆の心に燃えうつらないわ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・自分は饑えた人を捉えて、説法を聞かせたとも気付かなかった。十銭呉れてやった上に、助言もしてやった。まあ、二つ恵んでやった。と考えて、自分のしたことを二倍にして喜んだ。五月――寂しい旅情は僅かに斯ういうことで慰められたのである。 しばらく・・・ 島崎藤村 「朝飯」
出典:青空文庫