・・・従って彼は林檎を見る度に、モオゼの十戒を思い出したり、油の絵具の調合を考えたり、胃袋の鳴るのを感じたりしていた。 最後に或薄ら寒い朝、ファウストは林檎を見ているうちに突然林檎も商人には商品であることを発見した。現に又それは十二売れば、銀・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・ むかし道修町の薬問屋に奉公していたことがあるというし、また、調合の方は朝鮮の姉が肺をわずらって最寄りの医者に書いてもらっていた処方箋を、そっくりそのまま真似てつくったときくからは、一応うなずけもしたが、それにしてもそれだけの見聞でひと・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・言いますので、医師に相談しますと、医師はこの病気は心臓と腎臓の間、即ち循環故障であって、いくら呑んでも尿には成らず浮腫になるばかりだから、一日に三合より四合以上呑んではよくないから、水薬の中へ利尿剤を調合して置こうと言って、尿の検査を二回も・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・これらは発声映画と無声映画との特長をそれぞれ充分に把握した上で、巧みに臨機にそれを調合配剤しているものと判断されることはたしかである。しかしこのような見え透いた細工だけであれほどの長い時間観客を退屈させないでぐいぐい引きずり回して行くだけの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・の薬品を調合してくれたりした。無色の液体を二種混合するとたちまち赤や黄に変り、次に第三の液を加えるとまた無色になると云ったようなのを幾種類か用意してもらって、近所の友達を集めては得意になって化学的デモンストラチオンをやって見せたのであった。・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・「それじゃ結局昔の草根木皮を調合した万病の薬が一番合理的ではないか」と聞いたら「まあ、そんなものだね」という返事であった。自分に必要なものを選択して摂取し、不用なもの有害なものを拒否し排出するのが、人間のみならずあらゆる生物の本性だというこ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・塩の調合にとりかかった。飲んだ。それからちょっと顔をしめして「シェヴィング・ブラッシ」を攫んで顔中むやみに塗廻す。剃は安全髪剃だから仕まつがいい。大工がかんなをかけるようにスースーと髭をそる。いい心持だ。それから頭へ櫛を入れて、顔を拭て、白・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 私は、彼女のしたとおりコップに調合し、始め一口、そっとなめた。それから、ちびちび飲み、やがて喉一杯に飲んで、白状した。「美味しいわ、これは案外」 嫌いな私が先棒で、二三本あったカルピスが皆空になった。「ねえ一寸、もうなくて・・・ 宮本百合子 「この夏」
出典:青空文庫