・・・岩――の士族屋敷もこの日はそのために多少の談話と笑声とを増し、日常さびしい杉の杜付近までが何となく平時と異っていた。 お花は叔父のために『君が代』を唱うことに定まり、源造は叔父さんが先生になるというので学校に行ってもこの二、三日は鼻が高・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・「岡本君の談話の途中だが僕の恋を話そうか? 一分間で言える、僕と或少女と乙な中になった、二人は無我夢中で面白い月日を送った、三月目に女が欠伸一つした、二人は分れた、これだけサ。要するに誰の恋でもこれが大切だよ、女という動物は三月たつと十・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
わたくしの学生時代の談話をしろと仰ゃっても別にこれと云って申上げるようなことは何もございません。特にわたくしは所謂学生生活を仕た歳月が甚だ少くて、むしろ学生生活を為ずに過して仕舞ったと云っても宜い位ですから、自分の昔話をして今の学生諸・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・が、何かと談話をしてその糸口を引出そうとしても、夫はうるさがるばかりであった。サア、まことの糟糠の妻たる夫思いの細君はついに堪えかねて、真正面から、「あなたは今日はどうかなさったの。」と逼って訊いた。「どうもしない。」「だっ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ その日の談話は以上の如く、はなはだ奇異なるものであった。いくら黄村先生が変人だといっても、こんな奇怪な座談をこころみた事は、あまり例が無い。日によっては速記者も、おのずから襟を正したくなるほど峻厳な時局談、あるいは滋味掬すべき人生・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・すなわち、談話の相手と顔を合わせずに、視線を平行に池の面に放射しているところに在るらしいのである。諸君も一度こころみるがよい。両者共に、相手の顔を意識せず、ソファに並んで坐って一つの煖炉の火を見つめながら、その火焔に向って交互に話し掛けるよ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 一体人の談話を聞いて正当にこれを伝えるという事は、それが精密な科学上の定理や方則でない限り、厳密に云えばほとんど不可能なほど困難な事である。たとえ言葉だけは精密に書き留めても、その時の顔の表情や声のニュアンスは全然失われてしまう。それ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・指先を軽く相手の唇と鼻翼に触れていれば人の談話を了解する事が出来る。吾々の眼には奇蹟のような女である。匂や床の振動ですぐに人を識別する女である。 しかし私が書こうと思ったのはケラーの弁護ではなかった。ヴィエイがケラー自叙伝中の記述に対し・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・私は大阪でY氏と他の五六の学校時代の友人とに招かれて、親しく談話を交えたばかりであった。彼らは皆なこの土地において、有数な地位を占めている人たちであった。中には三十年ぶりに逢う顕官もあった。 私はY氏に桂三郎を紹介することを、兄に約して・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・小説雁の一篇は一大学生が薄暮不忍池に浮んでいる雁に石を投じて之を殺し、夜になるのを待ち池に入って雁を捕えて逃走する事件と、主人公の親友が学業の卒るを待たずして独逸に遊学する談話とを以て局を結んでいる。今日不忍池の周囲は肩摩轂撃の地となったの・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫