・・・灰色と薄桃色と黒との諧調で独特に粋な感覚の世界をつくったマリー・ローランサン。しかし、ケーテ・コルヴィッツの存在はドイツの誇りであるばかりでなく、その生涯と労作とは、決してただ画才の豊かであった一人の婦人画家としての物語に尽しきれない。ケー・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
一九二二年五月 或午後、机に向って居ると、私の心に、突然、或諧調のある言葉が、感情につれて湧き上った。 丁度、或なおしものの小説を始めようかとして居、巧く運ばないので苦しかったので、うれしく其を書きしるした。 ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ この一つ二つの手紙の中で今年出来たものをみんなおみせして新年は新しい諧調をもってはじめたいと思います。風邪はお気をつけになって。 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・いい芸術品のふくんでいるこの音楽のようなコンソレーション・人間苦と悲しみとの裡から猶響いて来るこの集注と発展の諧調はどこから生れるのだろう。 この間、アランの『文学語録』という本を頂いた。はじめの方に散文と詩とのことが語られていると・・・ 宮本百合子 「作品のよろこび」
・・・ 其と同時に、此の騒音の最中から、何等の諧調を求めて、微かながら認め得た一筋の音律を、急がずうまず辿って行く、僅かながら、高く澄んだ金属性の調音も亦、天の果から果へと伝って参ります。 日本にも馬鹿は居ります。アメリカにも大馬鹿が居り・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ モナ・リザは、彼女の良人に、レオナルド・ダ・ヴィンチとの間に生まれたような複雑微妙な諧調を感じていただろうか、おそらくそうではなかったろう。そして同時に、モナ・リザは、自分のなかに湧きいでた新しい人生の感覚について、それが、どういう種・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・の活動にあった弱点から押しても、現在文学的野望に燃える多数の作家たちが、プロレタリア文学における独特な長所を発見しようと志し、同時に、芸術作品の構成の豊富さ、諧調における明暗の濃さ、力感のつよさなどを追求するのはむしろ必然だと思う。われわれ・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・真心を以て芸術に参するものは、自己に許された範囲に於て、最大・最高の諧調を見出したいという祈願を、片時も捨てかねるものと思う。然し、仕事に面して、どんなことを仕ようが自分以上にはなれない。自分の内に在るだけの輝きほか、自分を照すものはない。・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・――私は不意に自分を囲んだあの静けさ、諧調ある自然の沈黙に打れ感動した心持を今だに忘られない。私は、その時ひとりでに六尺ばかりに延びた馬酔木がこんもり左右に連り生え、云うに云われぬ優しい並木路で区切られた草原の一隅を見つけ出した。そこに腰を・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ しとやかにゆるい諧調は千世子の心をふんわりと抱えて揺籃の裡に居る様な気持にした。 篤はしずかに歌をつけた。 低いゆーらりゆーらりとした歌に千世子は涙をさそわれる様な心に柔さが出て来た。 ほんとうに好い曲ですね。・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫