・・・ 腰元は、諭すがごとく、「それでは夫人、御療治ができません」「はあ、できなくってもいいよ」 腰元は言葉はなくて、顧みて伯爵の色を伺えり。伯爵は前に進み、「奥、そんな無理を謂ってはいけません。できなくってもいいということが・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 父は沸える腹をこらえ手を握って諭すのである。おとよは瞬きもせず膝の手を見つめたまま黙っている。父はもう堪りかねた。「いよいよ不承知なのだな。きさまの料簡は知れてるわ、すぐにきっぱりと言えないから、三日の間などとぬかすんだ。目の前で・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ たやすく貴嬢が掌いだしたまわぬを見てかの君、早く受けたまわずやと諭すように物言いたもうは貴嬢が親しき親族の君にてもおわすかと二郎かの時は思いしなるべし、ただわれ、宇都宮時雄の君とはこの人のことよと一目にて看破りたれば、貴嬢に向かってか・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・と私を慰め諭すように言って、私の顔を覗き込み、「ごめんよ。君は知っているね。僕は、恥ずかしかったんだ。本当の事を、どうしても言えなかったんだ。でも、僕は嘘つきじゃない。たった一つだけ嘘を言ったんだ。映画の会は、おととい、やっちゃったんだ。僕・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 母が諭すように言った。「そうですとも。今まで越して来たような山をたくさん越して、河や海をお船でたびたび渡らなくては往かれないのだよ。毎日精出しておとなしく歩かなくては」「でも早く往きたいのですもの」と、姉娘は言った。 一群れは・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫