・・・駒下駄で顔を殴られ、その駒下駄を錦の袋に収め、朝夕うやうやしく礼拝して立身出世したとかいう講談を寄席で聞いて、実にばかばかしく、笑ってしまったことがあったけれど、あれとあんまり違わない。大芸術家になるのもまた、つらいものである。などと茶化し・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・』――あとの二つは、講談社の本の広告です。近日、短篇集お出しの由、この広告文を盗みなさい。お読み下さい。ね。うまいもんでしょう?私に油断してはいけません。私は貴方の右足の小指の、黒い片端爪さえ知っているのですよ。この五葉の切りぬきを、貴方は・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・羽左、阪妻の活躍は、見た眼にも綺麗で、まあ新講談と思えば、講談の奇想天外にはまた捨てがたいところもあるのだから、楽しく読めることもあるけれど、あの、深刻そうな、人間味を持たせるとかいって、楠木正成が、むやみ矢鱈に、淋しい、と言ったり、御前会・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・矢継早の名人で、機関銃のように数百本の矢をまたたく間にひゅうひゅうと敵陣に射込み、しかも百発百中、というと講談のようになってしまうが、しかし源氏には、不思議なくらい弓馬の天才が続々とあらわれた事だけは本当である。血統というものは恐ろしいもの・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・日本の講談のにおいを嗅いだのは、私だけであろうか。モンテエニュ大人。なかなか腹ができて居られるのだそうだが、それだけ、文学から遠いのだ。孔子曰く、「君子は人をたのしませても、おのれを売らぬ。小人はおのれを売っても、なおかつ、人をたのしませる・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・すると、過去何百年来歌舞伎や講談やの因襲的教条によって確保されて来た立ち回りというものに対する一般観客の内部に自然に進行するところのリズムがまさしくスクリーンの上に躍動するために、それによって観客の心の波は共鳴しつつ高鳴りし、そうして彼らの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・昔の人間でも貝原益軒や講談師の話の引き合いに出る松浦老侯のごときはこれと同じ種類に属する若返り法を研究し実行したらしいようであるが、それらの方法は今日一般にはどうも実用的でない。これに反してここで言うところの「映画による若返り法」はきわめて・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・あらゆる新聞講談から茶番狂言からアリストファーネスのコメディーに至るまでがそうである。笑わせ怒らせ泣かせうるのはただ実験が自然の方則を啓示する場合にのみ起こりうる現象である。もう少し複雑な方則が啓示されるときにわれわれはチェホフやチャプリン・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・伊藤痴遊であったかと思う、若いのに漆黒の頬髯をはやした新講談師が、維新時代の実歴談を話して聞かせているうちに、偶然自分と同姓の人物の話が出て来た。Sが笑い出したら、講談師も気がついたか自分の顔ばかり見ながらにやにやして話をつづけた。 銀・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・古い昔から物語や小説や講談に、どこまでがほんとうでどこまでがうそかはわからぬようなものばかりではあるがとにかく記録が多数に残存し、われわれは知らず知らずそういうものに習熟していつのまにか頭の中にいろいろな殺人事件の類型を作り上げしまいこんで・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
出典:青空文庫