・・・その婦女子をだます手も、色々ありまして、或いは謹厳を装い、或いは美貌をほのめかし、あるいは名門の出だと偽り、或いはろくでもない学識を総ざらいにひけらかし、或いは我が家の不幸を恥も外聞も無く発表し、以て婦人のシンパシーを買わんとする意図明々白・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・快活、憂鬱、謹厳、戯謔さまざまの心持が簡単な線の配合によって一幅の絵の中に自由に現われていると思うのである。 津田君の絵には、どのような軽快な種類のものでも一種の重々しいところがある。戯れに描いた漫画風のものにまでもそういう気分が現われ・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・一世に知られずして始終逆境に立ちながら、竪固なる意思に制せられて謹厳に身を修めたる彼が境遇は、かりそめにも嘘をつかじとて文学にも理想を排したるなるべく、はた彼が愛読したりという杜詩に記実的の作多きを見ては、俳句もかくすべきものなりとおのずか・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・細君の丸帯から出来た繻珍ズボンをはいて、謹厳な面持で錦絵によくある房附きの赤天鵞絨ばりの椅子にでもかけていただろう祖父の恰好を想像すると、明治とともに心から微笑まれるものがある。 祖父は自分としては学者として一貫して生きようとしたようだ・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・の終りの部分に就いて島木氏に、あれはどうも変だ、どうしてあの主人公は釈放を求めずにいるんでしょう、あれでいいんでしょうかという意味を言ったらば、島木氏は例の謹厳な面もちのまま、ああ、あすこのところはこしらえてあるという意味を答えた。そうだと・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・遊所に足を容るることをば嫌わず、物に拘らぬ人で、その中に謹厳な処があった。」 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫