・・・ シャロットの野に麦刈る男、麦打つ女の歌にやあらん、谷を渡り水を渡りて、幽かなる音の高き台に他界の声の如く糸と細りて響く時、シャロットの女は傾けたる耳を掩うてまた鏡に向う。河のあなたに烟る柳の、果ては空とも野とも覚束なき間より洩れ出づる・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・存在ということの欠けた最高完全者というものを考えることは、谷のない山を考える如く自己撞着である。故に神は存在する。而して完全無欠なる神は欺かない。そこから我々の自己において明晰判明なる知識の客観性を基礎附けるのである。最高完全者としての神の・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ 深い谷底のような、掘鑿に四つの小さい眼が注がれた。坑夫の子供ではあっても、その中へは入る事が許されなかったし、又、許されたとしても、そこがどんなに危険であるかは、子供の心にも浸み込んでいた。「穴ん中にゃいないや、捲上小屋にいるかも・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・自分の居る山と向うの山との谷を見ると、何町あるかもわからぬと思うほど下へ深く見える。その大きな谷あいには森もなく、畑もなく、家もなく、ただ奇麗な谷あいであった。それから山の脊に添うて曲りくねった路を歩むともなく歩でいると、遥の谷底に極平たい・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・山の谷がみんな海まで来ているのだ。そして海岸にわずかの砂浜があってそこには巨きな黒松の並木のある街道が通っている。少し大きな谷には小さな家が二、三十も建っていてそこの浜には五、六そうの舟もある。さっきから見えていた白い燈台はすぐそこだ。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・一方の隅の処は、嶮しい石崖になっていて、晴れた日には遠く指ケ谷の方が目の下に眺められる。杉か何かの生垣で、隣との境が区切られている。ぶらぶらと彼方此方歩き、眺め、自分はよく、ませ過ぎた憂愁の快よさに浸ったものだ。彼方には、皆の、恐らく子供の・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ 殉死を願って許された十八人は寺本八左衛門直次、大塚喜兵衛種次、内藤長十郎元続、太田小十郎正信、原田十次郎之直、宗像加兵衛景定、同吉太夫景好、橋谷市蔵重次、井原十三郎吉正、田中意徳、本庄喜助重正、伊藤太左衛門方高、右田因幡統安、野田喜兵・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・馬車は爪先下りの広い道を、谷底に向って走っている。谷底は薔薇色の靄に鎖されている。その早いこと飛ぶようである。しばらくして車輪が空を飛んで、町や村が遙か下の方に見えなくなった。ツァウォツキイはそれを苦しくも思わない。胸に小刀を貫いている人に・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・「あなた、あたしの身体をちょっと上へ持ち上げて、何んだか、谷の底ヘ、落ちていくような気がするの。」 彼は両手の上へ妻を乗せた。「お前を抱いてやるのも久しぶりだ。そら、いいか。」 彼は枕を上へ上げてから妻を静かに枕の方へ持ち上・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・私はたちまち暗い谷へ突き落とされた。 私は自分の製作活動において自分の貧弱をまざまざと見たのである。製作そのものも、そこに現われた生活も、かの偉人たちの前に存在し得るだけの権威さえ持っていなかった。私は眩暈を感じた。しかし私は踏みとどま・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫