・・・そして此の心を持って自然を見主観に映じた色彩、主観に入った自然の姿、此れが即ち人間生活の絶対的経験という立場から凡ての刺戟を受け入れて日常生活の経験を豊富にするという、それが為めの努力、此れが人生を楽しむ努力であると思う。 併し、如上の・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・ 修飾や誇張は、その人の思想感情が真に潤沢になり豊富になり、熱情を帯びるに至った際に初めて借りるべき一手法である。何等内部的の努力なしに、文章上の彫琢をことゝするのは悪戯であるといってよい。 そこで、余はそういう人々に向って、次のよ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・ 共産制度の世界に到達して、生産の豊富から、物資の潤沢をのみ夢むような輩は、尚お、心にブルジョアの、安逸と怠惰の念が抜けきらないからです。私達、真の無産者は、喜びを共にし、苦しみを共にし、永久に、平和な、そして自由な、青空の下に相抱いて・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・ しかし、それとも考えようによっては、京都弁そのものが結局豊富でない証拠で、彼女たちはただ教えられた数少い言葉を紋切型のように使っているだけで、ニュアンスも変化があるといえばいえるものの、けっして個性的な表現ではなく、又大阪弁の「ややこ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ 思うに、マーク・トゥエーンは煙草の豊富な、安く、容易に入手できる時代に生れて、そして死ぬまでその状態がかわらなかった。これに反して、ここ二三年の私の生活は、いかにして一日一日の煙草を入手するかという努力に終始していた。煙草について気の・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ある時には自分が現在、広大な農園、立派な邸宅、豊富な才能、飲食物等の所有者であるような幻しに浮かされたが、また神とか愛とか信仰とかいうようなことも努めて考えてみたが、いずれは同じく自分に反ってくる絶望苛責の笞であった。そして疲れはてては咽喉・・・ 葛西善蔵 「贋物」
ある秋仏蘭西から来た年若い洋琴家がその国の伝統的な技巧で豊富な数の楽曲を冬にかけて演奏して行ったことがあった。そのなかには独逸の古典的な曲目もあったが、これまで噂ばかりで稀にしか聴けなかった多くの仏蘭西系統の作品が齎らされ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・たのにみごと当てがはずれたことや、やっと温泉に着いて凍え疲れた四肢を村人の混み合っている共同湯で温めたときの異様な安堵の感情や、――ほんとうにそれらは回想という言葉にふさわしいくらい一晩の経験としては豊富すぎる内容であった。しかもそれでおし・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・後なるものは前なるものの欠陥を補い、また人間の社会生活の変革や、一般科学の進歩等の影響に刺激され、また資料を提供されて豊富となって来ている。しかし後期のものがすべての点において前期のものにまさっているとはいえない。ある時代には人性のある点は・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ただ蔵経はかなり豊富だったので、彼は猛烈な勉強心を起こして、三七日の断食して誓願を立て、人並みすぐれて母思いの彼が訪ね来た母をも逢わずにかえし、あまりの精励のためについに血を吐いたほどであった。 十六歳のとき清澄山を下って鎌倉に遊学した・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫