・・・お浪の家は村で指折の財産よしであるが、不幸に家族が少くって今ではお浪とその母とばかりになっているので、召使も居れば傭の男女も出入りするから朝夕などは賑かであるが、昼はそれぞれ働きに出してあるので、お浪の母が残っているばかりで至って閑寂である・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・現世の歓楽・功名・権勢、さては財産をうちすてねばならぬのこり惜しさの妄執にあるのもある。その計画し、もしくは着手した事業を完成せず、中道にして廃するのを遺憾とするのもある。子孫の計がいまだならず、美田をいまだ買いえないで、その行く末を憂慮す・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・俺は吸い残りのバットをふかしながら、捕かまるとき持っていた全財産の風呂敷包たった一つをぶら下げて入って行った。煙草も、このたった一本きりで、これから何年もの間モウのめないのだ! 晴れ上がった良い天気だった。 トロッコのレールが縦横に・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・頼りになる子も無く、財産を分けて遣る楽みも無く、こんな風にして死んで了うのか、そんなことを心細く考え易い年頃でありながら、何ぞというと彼は癖のように、「まだそんな耄碌はしないヨ」と言って見る方の人だった。有り余る程の精力を持った彼は、これま・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・昔は有り余った財産も今はなけなしになっているのです。 でも子どもが情けなさそうな顔つきになると、おかあさんはその子をひざに抱き上げました。「さあ私の頸をお抱き」 子どもはそのとおりにしました。「ママをキスしてちょうだい」・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・今日、両親と別れるのが辛くて歎いている心は、やがて、自分の為になる財産の一つとなるだろうと考えたので、彼は、それをも、スバーに対する信用の一つに加えました。牡蠣についた真珠のように、娘の涙は彼女の価値を高めるばかりでした。彼は、スバーが自分・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・四国の或る殿様の別家の、大谷男爵の次男で、いまは不身持のため勘当せられているが、いまに父の男爵が死ねば、長男と二人で、財産をわける事になっている。頭がよくて、天才、というものだ。二十一で本を書いて、それが石川啄木という大天才の書いた本よりも・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ * * * ポルジイは大した世襲財産のある伯爵家の未来の主人である。親類には大きい尼寺の長老になっている尼君が大勢あって、それがこの活溌な美少年を、やたらに甘やかすのである。 二・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 共通な言葉によって知識が交換され伝播されそれが多数の共有財産となる。そうして学問の資料が蓄積される。 このような知識は、それだけでは云わばただ物置の中に積み上げられたような状態にある。それが少数であるうちはそれでもよい。しかし数と・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・もちろん財産もないので、これからはあなたも骨がおれるかもしれないけれど」私は言った。「それあもう何です……」彼は草の葉をむしっていた。 話題が少し切迫してきたので、二人は深い触れ合いを避けでもするように、ふと身を起こした。「海岸・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫