・・・いや、もう少し起き上るのが遅かったら、砂煙を立てて走って来た、どこかの貨物自働車に、轢かれてしまった事でしょう。泥だらけになった新蔵は、ガソリンの煙を顔に吹きつけて、横なぐれに通りすぎた、その自働車の黄色塗の後に、商標らしい黒い蝶の形を眺め・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 今椅子に掛けている貨物は、潜水器械というものを身に装った人間に似ていて、頗る人間離れのした恰好の物である。怪しく動かない物である。言わば内容のない外被である。ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレン・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ あくる日の夜は、はや、暗い貨物列車の中に揺すられて、いつかきた時分の同じ線路を、都会をさして走っていたのであります。 夜が明けて、あかるくなると、汽車は、都会の停車場に着きました。 そして、その日の昼過ぎには、小包は宛名の家へ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・「二時の貨物車でひかれたのでしょう。」と人夫の一人が言った。「その時はまだ降っていたかね?」と巡査が煙草に火をつけながら問うた。「降っていましたとも。雨のあがったのは三時過ぎでした。」「どうも病人らしい。ねえ大島さん。」と巡・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・そのごたごたした中を、方々の救護班や、たき出しをのせた貨物自動車がかけちがうし、焼けあとのトタン板をがらがらひきずっていく音がするなぞ、その混雑と言ったらありません。 地震のために脱線したり、たおれこわれたりした列車は、全被害地にわたっ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
一九二五年に梅鉢工場という所でこしらえられたC五一型のその機関車は、同じ工場で同じころ製作された三等客車三輛と、食堂車、二等客車、二等寝台車、各々一輛ずつと、ほかに郵便やら荷物やらの貨物三輛と、都合九つの箱に、ざっと二百名・・・ 太宰治 「列車」
・・・しかしこういう流動に、さらに貨物車の影がレールの上を走るところなどを重出して、結局何かしら莫大な運動量を持ったある物が加速的にその運動量を増加しつつ、あの茫漠たるアジア大陸の荒野の上を次第に南に向かって進んでいるという感じがかなりまで強く打・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・何百万と云う貨物を盗んだ。おれはミリオネエルだ。そのくせかつえ死ななくてはならないのだ。」 一本腕は目を大きくみはった。そして大声を出して笑った。「ミリオネエルだ。あの、おめえがか。して見ると、珍らしいミリオネエルの変物だなあ。まあ、い・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・何だか車のひびきが大へん遅く貨物列車らしかったのです。 そのとき、黒い東の山脈の上に何かちらっと黄いろな尖った変なかたちのものがあらわれました。梟どもは俄にざわっとしました。二十四日の黄金の角、鎌の形の月だったのです。忽ちすうっと昇って・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・一九三〇年の鉄道貨物は二億八千百万トンになった。その事実はシベリアを通ってここまで来る間、少し主だった駅に、どの位の貨車が引きこまれ積荷の用意をし、又は白墨でいろんな符牒を書かれ出発を待って引こみ線にいたかを思い出すだけで証明される。この陸・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫