・・・其処に芸術家としての貪婪が、あらゆるものから養分を吸収しようとする欲望が、露骨に感ぜられるのは愉快である。 今日の流俗は昨日の流俗ではない。昨日の流俗は、反抗的な一切に冷淡なのが常であった。今日の流俗は反抗的ならざる一切に冷淡なのを常と・・・ 芥川竜之介 「近藤浩一路氏」
・・・桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。 何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・顔はあたり前ですが、後頭部に――その部分がお化けなのです。貪婪な口を持っています。そして解した髪の毛の先が触手の恰好に化けて、置いてある鉢から菓子をつかみ、その口へ持ってゆこうとしているのです。が、女はそれを知っているのか知らないのか、あた・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・まことに芸術家の、表現に対する貪婪、虚栄、喝采への渇望は、始末に困って、あわれなものであります。今、この白樺の幹の蔭に、雀を狙う黒い猫みたいに全身緊張させて構えている男の心境も、所詮は、初老の甘ったるい割り切れない「恋情」と、身中の虫、芸術・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・その幸福感を、翌る朝まで持ちこたえなければたまらぬという貪婪、淫乱、剛の者、これもまた大馬鹿先生の一人であった。(念の為に言っておく。君たちは誰かからこのように言われると、ことに、私のように或る種の札宿酔がなければ満足しないという状態は、そ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・グロッスの仕事を見ると、彼の諷刺家としての階級性がよく分る。グロッスの貪婪なブルジョア、冷酷な淫猥なブルジョア女、圧迫されながらしばられ不具にされたプロレタリアートの描写は、その辛辣な暴露で漫画界に一つのスタイルを創った。 ぞろぞろ手法・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・人間の労力から生まれた資本はためこまれて、やがて人間を喰いはじめ、その精神的所産までを貪婪に食いつくそうとする。それに対して、ヨーロッパは、自身の流血をもって闘った。第二次世界戦争の結果は、こういう意味で、疑いなくこれからのヨーロッパ文化を・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・のように、貪婪な伯父が幽霊に脅かされて翻然悔悟し、親切者となるようなことがあるならば、いわばこの世の不幸は不幸といわれないのではないだろうか。ギャングにさらわれ、波瀾の激しい日を送りながらも心の浄い少年が、ついに助け出され巨大な遺産を相続し・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・より偉大なもの、よりよいもの、美くしいものに、私は殆ど貪婪なような渇仰をもっています。 けれども、不正だと思うものの前には、私はどんなことがあっても頭を垂れることはありますまい。臆病になることもありますまい。 ただ、一度ほかない私の・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・こと、否、貴族に代って権力を把り、貴族の行った総ての悪行を更に小型に没趣味に多数に再生産したブルジョアの醜行非道を、一層卑穢に而も下層階級の夥しい人口の数だけ増大させるに過ぎない恐るべき「近代野蛮人の貪婪」であると理解した。バルザックはパリ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫