・・・書かれている要旨は進歩に目標をおいたものであり、ラディカルでさえあるものなのに、その文章の行間を貫く気魄において、何かが欠けていてものたりない。そういうことをしばしばきく。かえって、抑圧がひどかったとき、岩間にほとばしる清水のように暗示され・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・空は円く高く 地は低く凹凸を持ち人は、頭を程よい空間に保ってはじめて二つの心が、謙虚な霊を貫くのだ。 心自由に 自由に何処までも 行こうとする心。十三の少年のように好奇に満ち、精力に満ち・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・私は父との永訣によって心に与えられた悲しみを貫く歓喜の響の複雑さ、美しさに就て、文字で書きつくされないものを感じて居ります。其は音楽です。パセティークな、優しい、歴史性を確固としたがえた交響楽です。私は、本当に自分が芸術家として又一つ力強く・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・からはじまる続篇を貫いて志向されているのは、ストリップ・ショウ風ののたうちはないといえ、つまりは日本の社会の一つの時期に生きる人間、女の、意識の覚醒の課題であり、それは、とりも直さず個人と集団を貫くコンプレックスの発見とそこから解放されよう・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 何もこの人が書かなくてもと思える小説ということは、題材として特異な経験がそこにないというのではなくて、ありふれたような事象でもありふれなく生き貫く個々の文学精神が萎靡してしまっているということにほかならない。その人をして小説をかかしめ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・電気の本質について知っているより遙により尠く、祖先の生活と文学との発生の姿、推移の相を貫く諸原則を知らされているにすぎず、漠然と、寧ろ風土的に日本文学の味を知らされているのである。「もののあはれ」ということは佐藤春夫氏の今日的文学の核を・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ この小説の中には、素朴なかたちではあるが、おそらく作者の全生涯を貫くであろう人生と文学とに対する一つの基調が響いている。どういう風に社会に生き、人生を愛し、そして文学を生んでゆきたいと思っているか、ということが暗示されている。「貧しき・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・ このことは、六百六十一頁もあるこの文学論集を貫く一つの特別な味であると思う。そして、この著者が『文芸』二月号に書いている「私の批評家的生い立ち」と合わせて、私は永年の友達であるこの著者の人柄や心持ちなどの真髄を、あらためて印象のうちに・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・ 作家ジイドの生涯を貫く最も著しい特質、純粋な誠実を自他に求める情熱への自覚的献身の欲求が、今度のソヴェト旅行では、かえってジイドの現実的理解を制約する力となっていることは、実に意義深い我々への教訓であると思う。旧世界の文化の裡にあって・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ この七顆の珊瑚の珠を貫くのは何の緒か。誰が連れて温泉宿には来ているのだろう。 漂う白雲の間を漏れて、木々の梢を今一度漏れて、朝日の光が荒い縞のように泉の畔に差す。 真赤なリボンの幾つかが燃える。 娘の一人が口に銜んでいる丹・・・ 森鴎外 「杯」
出典:青空文庫