・・・それが幸ひ一つの昂然たる貴族的精神によつて、今日まで埋没から救はれてるのは、ひとへに全くニイチェから学んだ訓育の為である。そしてこの一事が、僕のニイチェから受けた教育のあらゆる「全体のもの」なのである。・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・印度の何とか称する貴族で、デッキパッセンジャーとして、アメリカに哲学を研究に行くと云う、青年に貰った、ゴンドラの形と金色を持った、私の足に合わない靴。刃のない安全剃刀。ブリキのように固くなったオバーオールが、三着。「畜生! どこへ俺は行・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ ゆえに世の富豪・貴族、もしくは政をとるの人、天理人道の責を重んじ、心を虚にして気を平にし、内に自からかえりみて、はたして心に得るものあらば、読書の士君子を助けてその術を施さしめ、読書家もまた己れを忘れて力をつくし、ともに天下の裨益を謀・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・主人ピエエルが現代に始めて出来た精神的貴族社会の一員であると云うことは、この周囲を見て察せられる。あるいは精神的富豪社会と云った方が当たっているかも知れない。それはどんな社会だと云うと、国家枢要の地位を占めた官吏の懐抱している思想と同じよう・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・山脈は若い白熊の貴族の屍体のようにしずかに白く横たわり、遠くの遠くを、ひるまの風のなごりがヒュウと鳴って通りました。それでもじつにしずかです。黒い枕木はみな眠り、赤の三角や黄色の点々、さまざまの夢を見ている時、若いあわれなシグナルはほっと小・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・という元ツァーの離宮だった町に、プーシュキンが学んだ貴族学校長の家が、下宿になっていた。そこで書いた。一九二八年の八月一日には、弟の英男が思想的な理由から二十一歳で自殺した。そのしらせを、「子供の村」の下宿でうけとった。「赤い貨車」は小説と・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
・・・Strindberg は伯爵家の令嬢が父の部屋附の家来に身を任せる処を書いて、平民主義の貴族主義に打ち勝つ意を寓した。これまでもストリンドベルクは本物の気違になりはすまいかと云われたことが度々あるが、頃日また少し怪しくなり掛かっている。いず・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・いずれイギリスのなんとか申す貴族だろうと存じますの。 男。そこでなぜそれを。 女。それはあなたお分かりになっていらっしゃるじゃございませんか。あれを御覧にいれた方がわたくしには都合がよろしかったのですもの。御承知の通り、わたくしの狂・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・このようなところから考えても、ドストエフスキイが伯爵であるトルストイの作を評して、庶民というものをトルストイは知っていないと片づけたのも、トルストイにとっては致命的な痛さだったにちがいない。貴族のことを好んで書いたバルザックも誰か無名の貴族・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・これは尊卑を主とする道徳であり、したがって貴族主義的である。君子道徳と結びつき得る素地は、ここに十分に成立しているのである。 この道徳の立場は、「敵を愛せよ」という代わりに「敵を敬せよ」という標語に現わし得られるかもしれない。「信玄家法・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫