・・・「何、無理にも掴まえようと思えば、一人ぐらいは掴まえられたのです。しかし掴まえて見たところが、それっきりの話ですし、――」「それっきりと云うのは?」「賞与も何も貰えないのです。そう云う場合、どうなると云う明文は守衛規則にありませ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・あの人の社には帝大出の人はほかに沢山いるわけではなし、また、あの人はひと一倍働き者で、遅刻も早引も欠席もしないで、いいえ、私がさせないで、勤勉につとめているのに、賞与までひとより少ないとはどうしたことであろうと、私は不思議でならなかったが、・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 源信僧都の母は、僧都がまだ年若い修業中、経を宮中に講じ、賞与の布帛を賜ったので、その名誉を母に伝えて喜ばそうと、使に持たせて当麻の里の母の許に遣わしたところ、母はそのまま押し返して、厳しい、諫めの手紙を与えた。「山に登らせたまひし・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・会費は年末賞与の三プロセント、但し賞与なかりし者は金弐円也とあった。自分は試験の準備でだいぶ役所も休んだために、賞与は受けなかったが、廻状の但し書が妙に可笑しかったからつい出掛ける気になって出席した。少し酒を過ごしての帰り途で寒気がしたが、・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ この傾向を首肯いつつ、文芸委員のするという選抜賞与の実際問題に向うならば、公平にして真に文界の前途を思うものは、誰しもその事業に伴う危険と困難とを感ずべきはずである。さまで優劣の階段を設くる必要なき作品に対して、国家的代表者の権威と自・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・期限までに仕上ると、会社から組には十万円、組から親方には三万円の賞与が出るのだ。仕上らないと罰金だ。 何しろ、ポムプへ引いてある動力線の電柱が、草見たいに撓む程、風が雪と混って吹いた。 鼻と云わず口と云わず、出鱈目に雪が吹きつけた。・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・内閣統計局の統計によると、昭和十五年五月の平均に、金属工業で男三一二円手当賞与一五六円であるけれど、女は一二三円七〇銭手当賞与四一円一〇銭という違いで、実収入額では男の半分、手当賞与では三分の一ということになっている。このように女の働く者の・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
出典:青空文庫