・・・どうか何事にも理解の届いた、趣味の広い女に仕立ててやりたい、――そういう希望を持っていたのです。それだけに今度はがっかりしました。何も男を拵えるのなら、浪花節語りには限らないものを。あんなに芸事には身を入れていても、根性の卑しさは直らないか・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・第一他人の聞きたがっている音楽を銭ずくでやめさせるのは悪趣味じゃないか?」「それじゃ他人の聞きたがらない音楽を金ずくで聞かせるのも悪趣味だよ。」 グラノフォンはちょうどこの時に仕合せとぱったり音を絶ってしまった。が、たちまち鳥打帽を・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・おまえの趣味がそれほどノーブルに洗練されているとは思わなかった。全くおまえは見上げたもんだねえ。おまえは全くいい意味で貴族的だねえ。レデイのようだね。それじゃ僕が……沢本と戸部とが襲いかかる前に瀬古逸早くそれを口に入れる。瀬・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・植民的精神と新開地的趣味とは、かくて驚くべき勢力を人生に植えつけている。 見よ、ヨーロッパが暗黒時代の深き眠りから醒めて以来、幾十万の勇敢なる風雲児が、いかに男らしき遠征をアメリカアフリカ濠州および我がアジアの大部分に向って試みたかを。・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・――ところで、とぼけきった興は尽きず、神巫の鈴から思いついて、古びた玩弄品屋の店で、ありあわせたこの雀を買ったのがはじまりで、笛吹はかつて、麻布辺の大資産家で、郷土民俗の趣味と、研究と、地鎮祭をかねて、飛騨、三河、信濃の国々の谷谷谷深く相交・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
一茶の湯の趣味を、真に共に楽むべき友人が、只の一人でもよいからほしい、絵を楽む人歌を楽む人俳句を楽む人、其他種々なことを楽む人、世間にいくらでもあるが、真に茶を楽む人は実に少ない。絵や歌や俳句やで友を得るは何・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・一つは椿岳や下岡蓮杖や鵜飼三次というような江戸の遺老が不思議に寺内に集って盛んに江戸趣味を発揮したからであった。この鵜飼三次というは学問の造詣も深く鑑識にも長じ、蓮杖などよりも率先して写真術を学んだほどの奇才で、一と頃町田久成の古物顧問とな・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 君は、またどうしてそんなものに趣味を持っているのです。」と、紳士は、驚いたようです。「いつか、この池のところで拾って、学校の先生に見せたら、大昔のものだから、しまっておけとおっしゃいました。」「ははあ、君のお家は遠いのですか。ちょ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・ところが、あの人はお習字やお花の趣味はちょっともあれしませんの」「お茶は成さるんですか」「恥かしいですけど、お茶はあんまりしてませんの。是非教わろうと思てるんですけど。――ところで、話ちがいますけど、貴方キネマスターで誰がお好きです・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・しかしなんという閑かな趣味だろう」「あっはっは。いや、僕はさっきその崖の上から僕の部屋の窓が見えると言ったでしょう。僕の窓は崖の近くにあって、僕の部屋からはもう崖ばかりしか見えないんです。僕はよくそこから崖路を通る人を注意しているんです・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫