・・・に伴なう怪我のチャンスを恐れて、だれも手を下す事をあえてしなかったら、現在のわれわれの自然界に関する知識と利用収穫は依然として復興期以前の状態で足踏みをしていたであろう。そしてまた現在の進歩した時代から見た時に幼稚に不完全に見えないものがい・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・そして自分が裸になるのを見てそこに脱ぎすてた着物の上にあがって前足を交互にあげて足踏みをする、のみならず、その爪で着物を引っかきまたもむような挙動をする。そして裸体の主人を一心に見つめながら咽喉をゴロゴロ鳴らし、短いしっぽを立てて振動させる・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・それは赤が死んだ日に例の犬殺しが隣の村で赤犬を殺して其飼主と村民の為に夥しくさいなまれて、再び此地に足踏みせぬという誓約のもとに放たれたということを聞いたからである。彼は其夜も眠らなかった。一剋である外に欠点はない彼は正直で勤勉でそうして平・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・正面壁に沿い左向き足踏み。(銅鑼左手より、特務曹長並に兵士六、七、八、九、十 五人登場、一列、壁に沿いて行進、右隊足踏みつつ挙手の礼 左隊答礼。特務曹長「もう二時なのにどうしたのだろう、バナナン大将はまだ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・二十日の月は東にかかり空気は水より冷たかった、学士はしばらく足踏みをしそれからたばこを一本くわえマッチをすって「ふん、実にしずかだ、夜あけまでまだ三時間半あるな。」つぶやきながら小屋に入った。ぼんやりたき火をなが・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・とみんなは足踏みをして歌いました。たちまち穂は立派な実になって頭をずうっと垂れました。黒いきもののばけものどもはいつの間にか大きな鎌を持っていてそれをサクサク刈りはじめました。歌いながら踊りながら刈りました。見る見る麦の束は山のよう・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ みんなは足踏みをして歌いました。キックキックトントン、キックキック、トントン、 凍み雪しんこ、堅雪かんこ、 野原のおそばはぽっぽっぽ、 酔ってひょろひょろ清作が 去年十三ばい喰べた。キック、・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・けれども、此小事件から足踏み出来ないとなると何だか淋しい気がした。如何云ってよいか――つまり、せめて金でも沢山あったらまだしもだが、あれっぽっちで妙な性格の暗さを曝露して仕舞ったこということが、変に痛ましいのであった。愛は、段々金入れをああ・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・ その夜から、十一月の四日迄、まる一箇月、自分は到頭林町に足踏みしなかった。 今までの、何時、彼方から呼ばれるか判らないと云うような気分もなく、一寸、仕事がつかえても、行って見ようかな、と云う遊び心に動かされず、当分は、却ってさっぱ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 三郎は足踏みをして、同じことを二三度繰り返した。手のもののうちから「和尚さん、どうしたのだ」と呼ぶものがある。それに短い笑い声が交じる。 ようようのことで本堂の戸が静かにあいた。曇猛律師が自分であけたのである。律師は偏衫一つ身にま・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫