・・・先生の一番目の嬢さんがまだ子供の時分この半身像にすっかりラヴしてしまって、おとうさんの椅子を踏み台にしては石像に接吻したそうです。そのさまを油絵にかかした額が客間にかかっていました。霧があって小雨が降って、誠に静かな日でした。 ゼネヴか・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・第一のでは、入り口の踏み台までも人がぶら下がっているのに、それがまだ発車するかしないくらいの時同じ所に来る第二のものでは、もうつり皮にすがっている人はほんの一人か二人くらいであったり、どうかすると座席に空間ができたりする。第三のになると降り・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ 月がさえて風の静かなこのごろの秋の夜に、三毛と玉とは縁側の踏み台になっている木の切り株の上に並んで背中を丸くして行儀よくすわっている。そしてひっそりと静まりかえって月光の庭をながめている。それをじっと見ているとなんとなしに幽寂といった・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・「ホホン――、それでわしらの労働者を踏み台にして、未来は代議士とか大臣とかに出世なさっとだろうたい、そりゃええ」 高坂でも、長野でも、この小男の「ホホン」には真ッ赤にさせられ、キリキリ舞いさせられた。いつも板裏草履をはいて、帯のはし・・・ 徳永直 「白い道」
・・・「私はね、それが正しいことだとさえ分れば、よろこんでお前の踏台になりますよ。ああ、命なんぞ、どうせ百年生きるものじゃないから、未練はない。だが、どうも私には一点わからないことがある。――国体というものを一体お前はどう思っているのかい?」・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・その房に届くまでに脚たつがいるのか踏台がいるのか、なにかの過程がいる。新しい民主主義の全延長における背景的部分、半封建的なものとのたたかいの部分に照応する活かされかたが当然いると思う。それはなんとまとめて表現されるべきだろうか。現実を発展の・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・ある種の人々はそれについて共産党員の間にはハウスキーパーという一つの制度があって、自分達の便利のために女性をあらゆる意味で踏台にした、という批評をしている。今日、これは大変に不思議ないいかただと思う。 非合法であった時代に、警視庁が党生・・・ 宮本百合子 「社会生活の純潔性」
・・・宮城地方では、農民が「隠匿油罐を踏み台」にして政府の主食糧強制買上に反対の気勢を上げた。農民の、分厚い肩が重なって、話をきいている写真が、のっている。 昨今の日本では、数日うちに、事態がどしどしと推移してゆく。私たちも、それに馴れて来て・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・ 孝ちゃん許りなら子供の事だから何と云ったって、かまわないけれ共、二十五六にもなった女まで一緒になって、踏台か何かして、ああやって居るんだと思うと腹が立ってたまらなくなった。 ほんとにいやな女だと思って、クルッと正面を向いて真面目な・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫