・・・だいたい身の毛のよだつ言葉である。 私は、生れつき、にぎやかなことを好む男だから、いままで、毎月、毎月、むりをしてまで五六枚ずつ、謂わば感想断片を書き、この雑誌に載せて来た。しかるに、世の中には羞恥心の全く欠けた雨蛙のような男がたくさん・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・いっしょに見て歩いた学生ふうの男がこの案内者に「お前さんのように毎日朝から晩まで身の毛のよだつような話を繰り返していてそれでなんともありませんか」と意地の悪いことをきくと女はただ苦笑していました。私はその埋め合わせのようなつもりで、絵はがき・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・文鳥は軽い足を水入の真中に胸毛まで浸して、時々は白い翼を左右にひろげながら、心持水入の中にしゃがむように腹を圧しつけつつ、総身の毛を一度に振っている。そうして水入の縁にひょいと飛び上る。しばらくしてまた飛び込む。水入の直径は一寸五分ぐらいに・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・寒いッってもう粟粒の出来る皮もなしサ。身の毛がよだつという身の毛もないのだが、いわゆる骨にしみるというやつだネ。馬鹿に寒い。オヤオヤ馬鹿に寒いと思ったら、あばら骨に月がさして居らア。子規○僕が死んだら道端か原の真中に葬って土・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ これを見たものみな身の毛もよだち大地も感じて三べんふるえたと云うのだ。いま私らはこの実をとることができない。けれどももしヴェーッサンタラ大王のように大へんに徳のある人ならばそしてその人がひどく飢えているならば木の枝はやっぱりひとりでに・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・そのいわれより疾翔と申さるる、大力というは、お徳によって、たとえ火の中水の中、ただこの菩薩を念ずるものは、捨身大菩薩、必らず飛び込んで、お救いになり、その浄明の天上にお連れなさる、その時火に入って身の毛一つも傷かず、水に潜って、羽、塵ほども・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・けれども、同時に私たちは、身の毛のよだつおもいで省みずにいられないとおもう。日本の半封建の権力は、なんと文化そのものを美しさにおいて無力な、血なまぐさいものにしていたのだろうか、と。 日本の婦人作家が幾人か、戦時中、海をわたって、彼女た・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ 現代の独占資本という魔ものがひきおこすあらゆる混乱と矛盾を、魔もののしきたりの下で解決しようと、そのために時間を稼ぐ一つの手段として、それをきいただけでも身の毛のよだつ戦争という脅しの大凧があげられているわけである。 こういう・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・吉村隊の身の毛もよだつ残虐行為は、正義のために裁かれなければならないと云いながら、近藤鶴代外務次官はその口で、太平洋同盟を云っている。日本を新しい危険と不幸にまきこむかもしれない戦争を挑発しつつ、そこにはびこるのは、根づよくのこっている日本・・・ 宮本百合子 「平和をわれらに」
出典:青空文庫