・・・帰ってみると彼の郷里ではチフスが流行していたので家族とともに五マイル離れた Tofts へ転地し、父のレーリー卿がただ一人 Terling に止まっていた。これが動機となって後にこの荘園内にあった「白鳥池」を利用して水道工事が出来、これが後・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・ 鶯の声も既に老い、そろそろ桜がさきかけるころ、わたくしはやっと病褥を出たが、医者から転地療養の勧告を受け、学年試験もそのまま打捨て、父につれられて小田原の町はずれにあった足柄病院へ行く事になった。(東京で治療を受けていた医者は神田神保・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・「……転地ほど無益なものはない。汽車で明す夜といえば動揺する睡眠に身体も頭も散々な目に逢う。動いて行く箱の中で腰の痛さに目が覚める。皮膚が垢だらけになったような気がする。いろいろな塵が髪と眼の中へ飛込む。すうすう風の這入って来る食堂・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ね、貴方はこれから何処かへ転地なさるのよ」「え? 誰が?」「貴方が転地をなさるのよ」 さほ子は、頭の中から考えを繰り出すように厳かに云った。「お医者に云われたことにするの。私も一緒に行かなければならないから、留守番が入用るで・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・成人、大人になった人間の健康状態を良くするという点、それから子供を出来るだけ丈夫に育てること、それには林間学校を拵えたり、工場付属の療養所、それから転地療養、それから現在は病気になっていないけれども、このまま働いて行けば病気になってしまうと・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・医者は転地をすすめる。だが「家族と一緒に、彼らのこまごましたわずらわしさを背負って旅行したところで愉快ではない。」マリアはアトリエの隙間風を防ぐために修道僧のようなずきんつきの大外套をこしらえさせた。それを着て、やはり猛烈に仕事をしつづける・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・その中に重い病気のためにドイツ語の研究を思い止まって、房州辺の海岸へ転地療養に往くと云うことが書いてあった。私はすぐに返事を遣って慰めた。これは私の手紙としては、最長い手紙で、世間で不治の病と云うものが必ず不治だと思ってはならぬ、安心を得よ・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫