・・・やがてその二階の窓際には、こちらへ向いたらしい人影が一つ、朧げな輪廓を浮き上らせた。生憎電燈の光が後にあるから、顔かたちは誰だか判然しない。が、ともかくもその姿が、女でない事だけは確かである。陳は思わず塀の常春藤を掴んで、倒れかかる体を支え・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・ちょうど蝋ででもつくった、面型のような感じである。輪廓は、生前と少しもちがわない。が、どこかようすがちがう。脣の色が黒んでいたり、顔色が変わっていたりする以外に、どこかちがっているところがある。僕はその前で、ほとんど無感動に礼をした。「これ・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
彼は、秋になり切った空の様子をガラス窓越しに眺めていた。 みずみずしくふくらみ、はっきりした輪廓を描いて白く光るあの夏の雲の姿はもう見られなかった。薄濁った形のくずれたのが、狂うようにささくれだって、澄み切った青空のこ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・物の輪郭が円味を帯びずに、堅いままで黒ずんで行くこちんとした寒い晩秋の夜が来た。 着物は薄かった。そして二人は餓え切っていた。妻は気にして時々赤坊を見た。生きているのか死んでいるのか、とにかく赤坊はいびきも立てないで首を右の肩にがくりと・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・あのジャケツの胸を見ては、あの下に乳房がどんな輪廓をしているということに思い及ばずにはいられない。そんな工合に、目や胸を見たり、金色の髪の沢を見たりしていて、フレンチはほとんどどこへ何をしに、この車に乗って行くのかということをさえ忘れそうに・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 表に夫人の打微笑む、目も眉も鮮麗に、人丈に暗の中に描かれて、黒髪の輪郭が、細く円髷を劃って明い。 立花も莞爾して、「どうせ、騙すくらいならと思って、外套の下へ隠して来ました。」「旨く行ったのね。」「旨く行きましたね。」・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・その上へ、真白な形で、瑠璃色の透くのに薄い黄金の輪郭した、さげ結びの帯の見える、うしろ向きで、雲のような女の姿が、すっと立って、するすると月の前を歩行いて消えた。……織次は、かつ思いかつ歩行いて、丁どその辻へ来た。 四・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・水も清く周囲の岡も若草の緑につつまれて美しい、渚には真菰や葦が若々しき長き輪郭を池に作っている。平坦な北上総にはとにかく遊ぶに足るの勝地である。鴨は真中ほどから南の方、人のゆかれぬ岡の陰に集まって何か聞きわけのつかぬ声で鳴きつつある。御蛇が・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・まず、平生通りの調子でこだわりのない声を出したかの女の酔った様子が、なよなよした優しい輪廓を、月の光で地上にまでも引いている。「また青木だろう?」「いいえ、これから行くの」「じゃア、早く行きゃアがれ!」僕はわざとひどくかの女を突・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・加うるに人物がそれぞれの歴史や因縁で結ばれてるので、興味に駆られてウカウカ読んでる時はほぼ輪廓を掴んでるように思うが、細かに脈絡を尋ねる時は筋道が交錯していて彼我の関係を容易に弁識し難い個処がある。総じて複雑した脚色は当の作者自身といえども・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
出典:青空文庫