・・・稀に彼の口から洩れる辛辣な諧謔は明らかにそれを語るものである。弱点を見破る眼力はニーチェと同じ程度かもしれない。しかしニーチェを評してギラギラしていると云った彼はこれらの弱点に対してかなり気の永い寛容を示している。迫害者に対しては常に受動的・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・この辛辣にして愉快なる三十棒の響きは今にして筆者の耳に新たなるものがある。ちなみに君は生涯髭を蓄えず頭も五分刈であった。着物などには一切構わず、時にはひどい靴をはいていた。住宅を建てた時でも色々な耐震的の工夫をして金目をかけたが、見かけの華・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・わたしの新しき女を見て纔に興を催し得たのは、自家の辛辣なる観察を娯しむに止って、到底その上に出づるものではない。内心より同情を催す事は不可能であった。わたしの眼底には既に動しがたき定見がある。定見とは伝習の道徳観と並に審美観とである。これを・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ニイチェほどに、矛盾を多分に有した複雑の思想家はなく、ニイチェほどに、残忍辛辣のメスをふるつて、人間心理の秘密を切りひらいた哲学者はない。ニイチェの深さは地獄に達し、ニイチェの高さは天に届く。いかなる人の自負心をもつてしても、十九世紀以来の・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・恐らく諸氏の論難は、最痛烈辛辣なものであろう。その愈々鋭利なるほど、愈々公明に我等はこれに答えんと欲する。これ大祭開式の辞、最後糟粕の部分である。祭司次長ウィリアム・タッピング祭司長ヘンリー・デビスに代ってこれを述べる。」 拍手は天幕も・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・女はどうも髪が長くて、智慧が短いと辛辣めかして云うならば、その言葉は、社会の封建性という壁に反響して、忽ち男は智慧が短かく、髪さえ短かい、と木魂して来る性質のものであると、民主社会では諒解されているのである。 本誌の、この号には食糧問題・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・グロッスの貪婪なブルジョア、冷酷な淫猥なブルジョア女、圧迫されながらしばられ不具にされたプロレタリアートの描写は、その辛辣な暴露で漫画界に一つのスタイルを創った。 ぞろぞろ手法の模倣者が出た位鋭いものを持ってはいたが、本当に闘争するボル・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・の生と死とを、あくまで人間の利害得失の打算、必要の相互関係のなかで発揮された一個人甚兵衛の彼にとって最も効果的な命のすてかた、敵の殺しかたとして観察しているのであって、そのような機会をつかんだ甚兵衛の辛辣な笑いに表現された復讐の対象に、象徴・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 男は、辛辣な質問に驚いたように見えた。この外国人が日本に来、こんな質問をするような経験を多くしているのかと思ったら、自分はひどく不愉快になった。「大丈夫です、信じなさい。私は、外国の人の為には出来るだけ親切にしますから」「――・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・その過程にイリフ、ペトロフは極めてユーモラスで辛辣で明快な調子で、ソヴェト社会の旧い考え旧い生きかたの諷刺を行っている。オスタップ・ベンデル自身の山師としての社会的存在の意義も、彼の哀れな失敗そのもので容赦なく批判されているのである。 ・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
出典:青空文庫