・・・これが看板で、小屋の正面に、鼠の嫁入に担ぎそうな小さな駕籠の中に、くたりとなって、ふんふんと鼻息を荒くするごとに、その出額に蚯蚓のような横筋を畝らせながら、きょろきょろと、込合う群集を視めて控える……口上言がその出番に、「太夫いの、太夫・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 二 エレベーター 百貨店のひどく込み合う時刻に、第一階の昇降機入り口におおぜい詰めかけて待っている。昇降箱が到着して扉が開くと先を争って押し合いへし合いながら乗り込む。そうしてそれが二階へ来ると、もうさっさと出てし・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・浅草郵便局の前で、細い横町への曲角で、人の込合う中でもその最も烈しく込合うところである。 ここに亀戸、押上、玉の井、堀切、鐘ヶ淵、四木から新宿、金町などへ行く乗合自動車が駐る。 暫く立って見ていると、玉の井へ行く車には二種あるらしい・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
出典:青空文庫