・・・これも科学的ジャーナリズムの発達のおかげで世界じゅうの学者の研究が迅速に世界じゅうの学者の机上に報道されるからである。三原山投身者が大都市の新聞で奨励されると諸国の投身志望者が三原山に雲集するようなものである。ゆっくりオリジナルな投身地を考・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・撃剣でも竹刀の打ち込まれる電光石火の迅速な運動に、この同じ手首が肝心な役目を務めるであろうということも想像されるであろう。 こんな話を偶然ある軍人にしたら、それはおもしろいことであると言ってその時話して聞かせたところによると、乗馬のけい・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・近ごろの東京で冬期かなりの烈風の日に発火してもいっこうに大火にならないのは消火着手の迅速なことによるらしい。しかし現在の東京でもなんらか「異常な事情」のためにほんの少しばかり消防が手おくれになって、そのために誤ってある程度以上に火流の前線を・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ 新聞の記事はその日その日の出来事をできるだけ迅速に報知する事をおもな目的としている。その当然の結果として肝心の正確という事が常に犠牲にされがちである事はだれもよく知るとおりである。しかしこの一事だけでも新聞というものが現代の人心に与え・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・見えもやすると思われるまで、両肱を菱の字なりに張出して後の髱を直し、さてまた最後には宛ら糸瓜の取手でも摘むがように、二本の指先で前髪の束ね目を軽く持ち上げ、片手の櫛で前髪のふくらみを生際の下から上へと迅速に掻き上げる。髱留めの一、二本はいつ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 現代思潮の変遷はその迅速なること奔流もただならない。旦に見て斬新となすもの夕には既に陳腐となっている。槿花の栄、秋扇の嘆、今は決して宮詩をつくる詩人の間文字ではない。わたしは既に帝国劇場の開かれてより十星霜を経たことを言った。今日この・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・彼に対する態度をまだよく定めていない自分には、彼の来かたがむしろ早すぎるくらい、現われようが今度は迅速であった。彼は簡単に、早いじゃありませんか、今朝起きたらすぐ上がるつもりでいたところをお迎えで――と言ったまま、そこへすわって、自分の顔を・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・一つは物の大小形状及びその色合などについて知覚が明暸になりますのと、この明暸になったものを、精細に写し出す事が巧者にかつ迅速にできる事だと信じます。二はこれを描き出すに当って使用する線及び点が、描き出される物の形状や色合とは比較的独立して、・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・簇がり来るものを入るる余地あればある程、簇がる物は迅速に脳裏を馳け廻るであろう。ウィリアムが吾に醒めた時の心が水の如く涼しかっただけ、今思い起すかれこれも送迎に遑なきまで、糸と乱れてその頭を悩ましている。出陣、帆柱の旗、戦……と順を立てて排・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・その考えは平田の傍に行ッているはずの心がしているので、今朝送り出した真際は一時に迫って、妄想の転変が至極迅速であッたが、落ちつくにつれて、一事についての妄想が長くかつ深くなッて来た。 思案に沈んでいると、いろいろなことが現在になッて見え・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫