・・・森鴎外や芥川龍之介は驚嘆すべき読書家だ、書物を読むと眼が悪くなる、電車の中や薄暗いところで読むと眼にいけない、活字のちいさな書物を読むと近眼になるなどと言われて、近頃岩波文庫の活字が大きくなったりするけれど、この人達は電車の中でも読み、活字・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・ に対してひどく興味を感じたらしく、入口の柱にもたれて皆なの後ろから、金縁の近眼鏡を光らして始終白い歯を見せてニヤリニヤリしていた。…… 私はひどく疲れきって下宿に帰って、床につくとすぐ眠ることはできた。しかし朝眼が醒めてみると、私は喘・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・自分の指さす方へ、近眼鏡を向けて目をまぶしそうにながめていたが、『なるほど山だ、どうですこの瞑かな色は!』とさも懐かしそうに叫んだ。 この時自分の端なく想い出したのは佐伯にいる時分、元越山の絶頂から遠く天外を望んだ時の光景である。山・・・ 国木田独歩 「小春」
一 丁度九年になる。九年前の今晩のことだ。その時から、私はいくらか近眼だった。徴兵検査を受ける際、私は眼鏡をかけて行った。それが却って悪るかった。私は、徴兵医官に睨まれてしまった。 その医官は、頭をく・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・私、二十五歳より小説かいて、三十歳で売れるようになって、それから、家の財産すこしわけてもらって、それから田舎の約束している近眼のひとと結婚します。さきに男の児、それから女の児、それから男、男、男、女。という順序で子供をつくり、四男が風邪のこ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それに私は、近眼のくせに眼鏡をかけていないので、よほど前の席に坐らないと、何も読めない。 私が映画館へ行く時は、よっぽど疲れている時である。心の弱っている時である。敗れてしまった時である。真っ暗いところに、こっそり坐って、誰にも顔を見ら・・・ 太宰治 「弱者の糧」
・・・ 笠井氏は柳田から名刺を受取り、近眼の様子で眼から五寸くらいの距離に近づけて読み、「すると、君は編輯部長か。つまり、伊藤の兄貴分なのだね。僕は、君を、うらむ。なぜ、こうなる前に、君は伊藤に忠告しなかったんだ。へっぽこ部長だ、お前は。・・・ 太宰治 「女類」
・・・かなり度の強い近眼鏡をかけ、そうして眉間には深い縦皺がきざまれていた。要するに、私の最も好かない種属の容色であった。先夜の酔眼には、も少しましなひとに見えたのだが、いま、しらふでまともに見て、さすがにうんざりしたのである。 私はただやた・・・ 太宰治 「父」
・・・ うしろから肩を叩く。げえっ! 緑のベレ帽。似合わない。よせばいいのに。イデオロギストは、趣味を峻拒すか。でも、としを考えなさい、としを。「どなたでしたかしら?」 近眼かい? 溜息が出るよ。「クレヨン社の、……」 名前ま・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・大きな近眼鏡の中からは知恵のありそうな黒い目が光っていた。引きしまった清爽な背広服もすべての先生たちのよりも立派に見えた。 まず器械の歴史から、その原理構造などを明快に説明した後にいよいよ実験にとりかかった時には異常な緊張が講堂全体に充・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫