・・・』三浦『所が僕はまた近頃になって、すっかり開化なるものがいやになってしまった。』私『何んでも旧幕の修好使がヴルヴァルを歩いているのを見て、あの口の悪いメリメと云うやつは、側にいたデュマか誰かに「おい、誰が一体日本人をあんな途方もなく長い刀に・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・のみならず信徒も近頃では、何万かを数えるほどになった。現にこの首府のまん中にも、こう云う寺院が聳えている。して見ればここに住んでいるのは、たとい愉快ではないにしても、不快にはならない筈ではないか? が、自分はどうかすると、憂鬱の底に沈む事が・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・女の事なんか近頃もうちっとも僕の目にうつらなくなった。女より食物だね。好きな物を食ってさえいれあ僕には不平はない。A 殊勝な事を言う。それでは今度の下宿はうまい物を食わせるのか。B 三度三度うまい物ばかり食わせる下宿が何処にあるもん・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 近頃心して人に問う、甲冑堂の花あやめ、あわれに、今も咲けるとぞ。 唐土の昔、咸寧の吏、韓伯が子某と、王蘊が子某と、劉耽が子某と、いずれ華冑の公子等、相携えて行きて、土地の神、蒋山の廟に遊ぶ。廟中数婦人の像あり、白皙にして甚だ端正。・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・敵打は近頃はやらぬがの。」「そでないでっしゅ。仕返しでっしゅ、喧嘩の仕返しがしたいのでっしゅ。」「喧嘩をしたかの。喧嘩とや。」「この左の手を折られたでしゅ。」 とわなわなと身震いする。濡れた肩を絞って、雫の垂るのが、蓴菜に似・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ない、寧ろ食事を談ずるなどは、士君子の恥ずる処であった、恐らくは今日でも大問題になって居るまい、世人は食事の問題と云えば衛生上の事にあらざれば、美食の娯楽を満足せしむる目的に過ぎないように思うて居る、近頃は食事の問題も頗る旺であって、家庭料・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・二三日たって民さんはなぜ近頃は来ないのか知らんと思った位であったけれど、民子の方では、それからというものは様子がからっと変ってしもうた。 民子はその後僕の所へは一切顔出ししないばかりでなく、座敷の内で行逢っても、人のいる前などでは容易に・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 独逸といえば、或る時鴎外を尋ねると、近頃非常に忙がしいという。何で忙がしいかと訊くと、或る科学上の問題で北尾次郎と論争しているんで、その下調べに骨が折れるといった。その頃の日本の雑誌は専門のものも目次ぐらいは一と通り目を通していたが、・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・また家庭も至極円満のように思う。近頃新聞など色々のことを書くそうだが、そんなことは何かの感違いだと私は思う。尤も病身のために時には気むずかしくなられたのは事実だろう。子供のことには好く心を懸けられる性質で、日曜日には子供がめいめいの友達を伴・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・急に空の模様が変って、近頃にない大暴風雨となりました。ちょうど香具師が、娘を檻の中に入れて、船に乗せて南の方の国へ行く途中で沖合にあった頃であります。「この大暴風雨では、とてもあの船は助かるまい」と、お爺さんと、お婆さんは、ふるふると震・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
出典:青空文庫