・・・ と、漢語調の軍隊言葉で、如何にも日本軍人らしく、彼は勇ましい返事をした。そして先頭に進んで行き、敵の守備兵が固めている、玄武門に近づいて行った。彼の受けた命令は、その玄武門に火薬を装置し、爆発の点火をすることだった。だが彼の作業を終っ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・第一何が何だかさっぱり話が分らねえじゃねえか、人に話をもちかける時にゃ、相手が返事の出来るような物の言い方をするもんだ。喧嘩なら喧嘩、泥坊なら泥坊とな」「そりゃ分らねえ、分らねえ筈だ、未だ事が持ち上らねえからな、だが二分は持ってるだろう・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 吉里は返辞をしないでさッさッと行く。お熊はなお附き纏ッて離れぬ。「ですがね、花魁。あんまりわがままばかりなさると、私が御内所で叱られますよ」「ふん。お前さんがお叱られじゃお気の毒だね。吉里がこうこうだッて、お神さんに何とでも訴・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 一言の返事もせずに、地びたから身を起したのは、痩せ衰えた爺いさんである。白い鬚がよごれている。頭巾の附いた、鼠色の外套の長いのをはおっているが、それが穴だらけになっている。爺いさんはパンと腸詰とを、物欲しげにじっと見ている。 一本・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・ 翌日の午後二時半にピエエル・オオビュルナンは自用自動車の上に腰を卸して、技手に声を掛けた。「ド・セエヴル町とロメエヌ町との角までやってくれ」 返事はきのうすぐに出してある。それは第一に、平生紳士らしい行動をしようと思っていて、近ご・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
朝蚊帳の中で目が覚めた。なお半ば夢中であったがおいおいというて人を起した。次の間に寝て居る妹と、座敷に寐て居る虚子とは同時に返事をして起きて来た。虚子は看護のためにゆうべ泊ってくれたのである。雨戸を明ける。蚊帳をはずす。この際余は口の・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・家のなかはしんとして誰も返事をしなかった。けれども富沢はその夕暗と沈黙の奥で誰かがじっと息をこらして聴き耳をたてているのを感じた。老人はじぶんでとりに行く風だった。(いいえ。さっきの泉で洗いますから、下駄をお借老人は新らしい山桐の下駄と・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ 百代は聞えないのか返事しなかった。「よし、僕が見てやる」 篤介が横とびに廊下へ出て行った。「猫が通ったんだよ」 弾機をひねくりながら悌がもったいぶっていったのが、忽ち、「何? え、今のなに」と、機械をすて篤介の・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・住持はなんと返事をしていいかわからぬので、ひどく困った。このときから忠利は岫雲院の住持と心安くなっていたので、荼だびしょをこの寺にきめたのである。ちょうど荼の最中であった。柩の供をして来ていた家臣たちの群れに、「あれ、お鷹がお鷹が」と言う声・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 押丁共は返事の代りに足でツァウォツキイを蹴った。その時胸から小刀が抜けてはならないので、一人の押丁が柄を押さえていた。 二 ツァウォツキイは十六年間浄火の中にいた。浄火と云うものは燃えているものだと云うのは、大・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫