・・・ 小林は、鑿の事だと思って、そんな返答をした。「チョッ!」 秋山は舌打ちをした。 ――奴あ、ハムマーを耳ん中に押し込んでやがるんだ、きっと、――そう思って、秋山は口を噤んだ。 秋山は十年、小林は三十年、坑夫をやって来た。・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・其仰を叛べからず。疑敷ことは夫に問ふて其下知に随ふべし。夫問事あらば正しく答べし。其返答疏なるは無礼也。夫若し腹立怒時は恐れて順べし。怒り諍ひて其心に逆ふべからず。女は夫を以て天とす。返々も夫に逆ひて天の罰を受べからず。 婦人に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・すでに誉れなく、また利益なし、何のために辛苦勤学したるやと尋ねらるれば、ただ今にても返答に困る次第なれども、一歩を進めて考うれば説なきにあらず。 すなわち余は日本の士族の子にして、士族一般先天遺伝の教育に浴し、一種の気風を具えたるは疑も・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・ど若し其の身のある調子とか意気な調子とかいうものは如何なもので御座る、拙者未だ之を食うたことは御座らぬと、剽軽者あって問を起したらんには、よしや富婁那の弁ありて一年三百六十日饒舌り続けに饒舌りしとて此返答は為切れまじ。さる無駄口に暇潰さんよ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・半之助方小僧、身ぶるえしつつ、酒一斗はとても入り兼ね候と返答致し候処、山男、まずは入れなさるべく候と押して申し候。半之助も顔色青ざめ委細承知と早口に申し候。扨、小僧ますをとりて酒を入れ候に、酒は事もなく入り、遂に正味一斗と相成り候。山男大に・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・然しまあやりかけた事ですからこれからも一度あのパンフレットを銘々一人ずつご説明して苦しいご返答を伺おうと思います。実は私の方でもあの通り速記者もたのんであります、ご答弁は私の方の機関雑誌畜産之友に載せますからご承知を願います。で私のおたずね・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・もちろんそれには非常に複雑な社会的な条件がともなったものであるけれども、という返答になるのである。そして、どちらかといえば、ますますそういう異性の間の曇りない親切な友情の可能がこの世の中に社会的な可能として、より多くもたらされることを希望す・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・それにもかかわらず、男の店員の方は、客の問いに対して専門家として実際的な返答が出来たのである。そんなとき女の店員が傍から、その返事をきいていて、次の折にはそのような問いにまごつくまいとしている様子はない。彼女たちは完全に客をその男の店員にゆ・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・通事の取り次いだ返答は、いっこうに存ぜぬということであった。しかもそういった呂祐吉の顔は、いかにも思いがけぬ事を問われたらしく、どうも物を包み隠しているものとは見えなかった。 饗応に相判などはなかった。膳部を引く頃に、大沢侍従、永井右近・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・排中律のまっただ中に泛んだ、ただ一つの直感の真実は、こうしていま梶に見事な実例を示してくれていて、「さア、どうだ、どうだ。返答しろ。」と梶に迫って来ているようなものだった。それにも拘らず、まだ梶は黙っているのである。「見たままのことさ、おれ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫