・・・その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白ものに愛想をつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさに旗とか太刀とか陣羽織とか、出陣の支度に入用のものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧には、これも桃太郎の註文通り、黍団子さ・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・仁右衛門夫婦の嗅ぎつけない石炭酸の香は二人を小屋から追出してしまった。二人は川森に付添われて西に廻った月の光の下にしょんぼり立った。 世話に来た人たちは一人去り二人去り、やがて川森も笠井も去ってしまった。 水を打ったような夜の涼しさ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 某の家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか、某の娘は他国から稼ぎに来てる男と馴れ合って逃げ出す所を村界で兄に抑えられたとか、小さな村に話の種が二つもでき・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と細い眼をして叱りつけ、庭先きへ追出しては麺麭を投げてやった。これが一日の中の何よりの楽みであった。『平凡』に「……ポチが私に対うと……犬でなくなる。それとも私が人間でなくなるのか?……どっちだかそれは解らんが、とにかく相互の熱情熱愛に人畜・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 娘は手を合わせて、けっして悪い気でしたのではないから、許してくださいと泣いてわびましたけれど、もとより、これを機会に娘を追い出してしまう考えでありましたから、母親はなんといっても娘の過ちを許しませんでした。弟の三郎は、姉がかわいそうに・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・お前の方では、おれを追い出してやったと、思っているらしいが、違う。おれの方から見限ったのだ。……あいつはもう駄目だと、愛想を尽かしたのだ。いまに落ちぶれやがるだろうと胸をわくわくさせて、この見通しの当るのを、待っていたのだ。案の定当った。ざ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・いわばカフェを利用して、そんな妙な事をやっていたのだ。追い出したところ、他の女給たちが動揺した。ひとりひとり当ってみると、どの女給もその女を見習って一度ならずそんな道に足を入れているらしかった。そうしなければ、その女に自分らの客をとられてし・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 私はうなずきました、樋口が鸚鵡を持ちこんだ日から二日目か三日目です、今では上田も鷹見もばあさんと言っています、かの時分のおッ母さんが、鸚鵡のかごをあけて鳥を追い出したものです。すると樋口が帰って来て、非常に怒った様子でしたが、まもなく・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ことはあるまい、見たところでも親方と怪しいという様子もないようだ、それは私が請け合うと申しますと、藤吉『今でも怪しいなら打ち殺してやるのだ、以前の関係があると聞いただけで私は承知ができねえのだ、お俊を追い出して親方の横面を張り擲ってくれるの・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 健二は、慌てゝ柵を外して、十頭ばかりを小屋の外へ追い出した。中には、外に出るのを恐れて、柵の隅にうずくまっているやつがあった。そういうやつには、彼は一と鞭を呉れてやった。すると、鈍感なセメント樽のような動物は割れるような呻きを発して、・・・ 黒島伝治 「豚群」
出典:青空文庫