・・・ トウン――と、足拍子を踏むと、膝を敷き、落した肩を左から片膚脱いだ、淡紅の薄い肌襦袢に膚が透く。眉をひらき、瞳を澄まして、向直って、「幹次郎さん。」「覚悟があります。」 つれに対すると、客に会釈と、一度に、左右へ言を切って・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・を饒舌って、時々じろじろと下目に見越すのが、田舎漢だと侮るなと言う態度の、それが明かに窓から見透く。郵便局員貴下、御心安かれ、受取人の立田織次も、同国の平民である。 さて、局の石段を下りると、広々とした四辻に立った。「さあ、何処へ行・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ありたけの飛石――と言っても五つばかり――を漫に渡ると、湿けた窪地で、すぐ上が荵や苔、竜の髯の石垣の崖になる、片隅に山吹があって、こんもりした躑躅が並んで植っていて、垣どなりの灯が、ちらちらと透くほどに二、三輪咲残った……その茂った葉の、蔭・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・のと、一笊は、藍浅く、颯と青に洗上げたのを、ころころと三つばかり、お町が取って、七輪へ載せ、尉を払い、火箸であしらい、媚かしい端折のまま、懐紙で煽ぐのに、手巾で軽く髪の艶を庇ったので、ほんのりと珊瑚の透くのが、三杯目の硝子盃に透いて、あの、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 黒繻子の襟も白く透く。 油気も無く擦切るばかりの夜嵐にばさついたが、艶のある薄手な丸髷がッくりと、焦茶色の絹のふらしてんの襟巻。房の切れた、男物らしいのを細く巻いたが、左の袖口を、ト乳の上へしょんぼりと捲き込んだ袂の下に、利休形の・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・そして裏に立つ山に湧き、処々に透く細い町に霧が流れて、電燈の蒼い砂子を鏤めた景色は、広重がピラミッドの夢を描いたようである。 柳のもとには、二つ三つ用心水の、石で亀甲に囲った水溜の池がある。が、涸れて、寂しく、雲も星も宿らないで、一面に・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ のめのめとそこに待っていたのが、了簡の余り透く気がして、見られた拍子に、ふらりと動いて、背後向きに横へ廻る。 パッパッと田舎の親仁が、掌へ吸殻を転がして、煙管にズーズーと脂の音。くく、とどこかで鳩の声。茜の姉も三四人、鬱金の婆様に・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ お米は、莞爾して坂上りに、衣紋のやや乱れた、浅黄を雪に透く胸を、身繕いもせず、そのまま、見返りもしないで木戸を入った。 巌は鋭い。踏上る径は嶮しい。が、お米の双の爪さきは、白い蝶々に、おじさんを載せて、高く導く。「何だい、今の・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・が、初めの五分も見れば、それがどういうプロセスで、どうなってゆくか、ということがすぐ見透く写真ばかりでは救われないと思った。しかし今ここに来ているちょっと評判のいい最後のだけ見たい気になった。戻って入ってしまうか、「入ってさえしまえば」こん・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・これと反対に、読んでおのずから胸の透くような箇所があれば、それはきっと著者のほんとうに骨髄に徹するように会得したことをなんの苦もなく書き流したところなのである。 この所説もはなはだ半面的な管見をやや誇張したようなきらいはあろうが、おのず・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫