・・・喜三郎は蘭袋の家へ薬を取りに行く途中、群を成した水鳥が、屡空を渡るのを見た。するとある日彼は蘭袋の家の玄関で、やはり薬を貰いに来ている一人の仲間と落ち合った。それが恩地小左衛門の屋敷のものだと云う事は、蘭袋の内弟子と話している言葉にも自ら明・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・彼には、その人たちが途中でどんなことを話し合ったか、小屋に帰ってその家族にどんな噂をして聞かせたかがいろいろに想像されていた。それが彼にとってはどれもこれも快いと思われるものではなかった。彼は征服した敵地に乗り込んだ、無興味な一人の将校のよ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ フレンチは帰る途中で何物をも見ない。何物をも解せない。丁度活人形のように、器械的に動いているのである。新しい、これまで知らなかった苦悩のために、全身が引き裂かれるようである。 どうも何物をか忘れたような心持がする。一番重大な事、一・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・その時は尾を振って付いて行って、途中で何処か往ってしまう。しかし夜になれば、別荘の人々には外で番をして吠える声が聞えるのである。 その内秋になった。雨の日が続いた。次第に処々の別荘から人が都会へ帰るようになった。 この別荘の中でも評・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ 場所は、言った通り、城下から海岸の港へ通る二里余りの並木の途中、ちょうど真中処に、昔から伝説を持った大な一面の石がある――義経記に、……加賀国富樫と言う所も近くなり、富樫の介と申すは当国の大名なり、鎌倉殿より仰は蒙らねども、内・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・戸村のお母さんは、民子の墓の前で僕の素振りが余り痛わしかったから、途中が心配になるとて、自分で矢切の入口まで送ってきてくれた。民子の愍然なことはいくら思うても思いきれない。いくら泣いても泣ききれない。しかしながらまた目の前の母が、悔悟の念に・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 妻の母は心配そうな顔をしているが、僕のことは何にも尋ねないで、孫どもが僕の留守中にいたずらであったことを語り、庭のいちじくが熟しかけたので、取りたがって、見ていないうちに木のぼりを初め、途中から落ッこちたことなどを言ッつけた。子供は二・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ その頃私は番町の島田邸近く住っていたので、度々島田夫人と途中で行逢った。今なら女優というような眩しい粉黛を凝らした島田夫人の美装は行人の眼を集中し、番町女王としての艶名は隠れなかった。良人沼南と同伴でない時はイツデモ小間使をお伴につれ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 電車の停留場に向かって、歩く途中で、ふと天上の一つの星を見て、こういいました。その星は、いつも、こんなに、青く光っていたのであろうか。それとも、今夜は、特にさえて見えるのだろうか。 彼女は、無意識のうちに、「私の生まれた、北国では・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・貸金の取りたてに走り廻っている留守中、お君が山谷に会っているかもしれないと思うと、もう慾も得もなく、集金の途中で帰ってしまうのだった。――そんな安二郎の苦悩はいま豹一は隅々まで読みとれた。「じつはお前の居所を知りとうてな。探してたんや。・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫