・・・そして坂の途中まで下りかけていた彼らの後からオーイオーイF!……と声をかけた。「おやじが死んだという電報だ。それで明日の朝女房が出てくるというんだが、とにかく引返してくれ」と、私は息を切らして言った。「おやじが死んだ……?」と、弟も・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・それはこの村でのある闇夜の経験であった。 その夜私は提灯も持たないで闇の街道を歩いていた。それは途中にただ一軒の人家しかない、そしてその家の燈がちょうど戸の節穴から写る戸外の風景のように見えている、大きな闇のなかであった。街道へその家の・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・「ちょッとお話の途中ですが、貴様はその『冬』という音にかぶれやアしませんでしたか?」と岡本は訊ねた。 上村は驚ろいた顔色をして「貴様はどうしてそれを御存知です、これは面白い! さすが貴様は馬鈴薯党だ! 冬と聞いては全く堪りません・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 天津ノ城主工藤吉隆の招請に応じて、おもむく途中を、地頭東条景信が多年の宿怨をはらそうと、自ら衆をひきいて、安房の小松原にむかえ撃ったのであった。 弟子の鏡忍房は松の木を引っこ抜いて防戦したが討ち死にし、難を聞いて駆けつけた工藤吉隆・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 曹長は、刑法学者では誰れが権威があるとか、そういう文官試験に関係した話を途中でよして、便所へ行くものゝのように扉の外へ出た。 彼は、老人の息がかゝらないように、出来るだけ腰掛の端の方へ坐り直した。彼は、癇高い語をつゞけている通訳と・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それもいいけれど、片道一里もあるところをたった二合ずつ買いに遣されて、そして気むずかしい日にあ、こんなに量りが悪いはずはねえ、大方途中で飲んだろう、道理で顔が赤いようだなんて無理を云って打撲るんだもの、ほんとに口措くってなりやしない。」・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 一昨年の夏、ロシアより帰国の途中物故した長谷川二葉亭を、朝野こぞって哀悼したころであった。杉村楚人冠は、わたくしにたわむれて、「君も先年アメリカへの往きか返りかに船のなかででも死んだら、えらいもんだったがなァ」といった。彼の言は、戯言・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
誰よりも一番親孝行で、一番おとなしくて、何時でも学校のよく出来た健吉がこの世の中で一番恐ろしいことをやったという――だが、どうしても母親には納得がいかなかった。見廻りの途中、時々寄っては話し込んで行く赫ら顔の人の好い駐在所・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・はるばるの長旅、ここまでは辿り着いたが、途中で煩った為に限りある路銀を費い尽して了った。道は遠し懐中には一文も無し、足は斯の通り脚気で腫れて歩行も自由には出来かねる。情があらば助力して呉れ。頼む。斯う真実を顔にあらわして嘆願するのであった。・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・王女はその途中で、お城から持って来た鍵のたばを、人に知れないように、海の中へなげすてました。犬はそれを見て、こっそりとウイリイに話しました。 ウイリイはすぐに魚にたのんで、鍵をさがしてもらいました。魚たちは、いきがけにうじ虫をたくさんご・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫