・・・「そのくらいなら……私が働く給金でして進ぜるだ。」「ほんとかい。」「それだがね、旦那さん。」「御覧、それ、すぐに変替だ。」「ううむ、ほんとうだ、が、こんな上段の室では遣切れねえだ。――裏座敷の四畳半か六畳で、ふしょうして・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・「命さえ助けてくるるなら伯父様に王の位を進ぜるものを」と兄が独り言のようにつぶやく。弟は「母様に逢いたい」とのみ云う。この時向うに掛っているタペストリに織り出してある女神の裸体像が風もないのに二三度ふわりふわりと動く。 忽然舞台が廻る。・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・お客さまがご窮屈でないように、お二人ずつ分けて進ぜる。賃銭はあとでつけた値段の割じゃ」こう言っておいて、大夫は客を顧みた。「さあ、お二人ずつあの舟へお乗りなされ。どれも西国への便船じゃ。舟足というものは、重過ぎては走りが悪い」 二人の子・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫