・・・例えば第一区には「敵騎兵国境に進入」第二区には「重甲兵来る」と云った風な、最も普通に起り得べき色々な場合を予想してそれに関する通信文を記入しておく。次にこの土器に水を同じ高さに入れておいてこの木栓を浮かせると両方の棒は同高になること勿論であ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・芭蕉のさびしおりは、もっと深いところに進入しているのである。たとえば、黙々相対して花を守る老翁の「心の色」にさびを感じ、秋風にからびた十団子の「心の姿」にしおりを感じたのは畢竟曇らぬ自分自身の目で凡人以上の深さに観照を進めた結果おのずから感・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・そこでかれは、戒律を破って豆畑に進入するよりは殺された方がましだといって逃走をあきらめた。そこへ追付いた敵が彼の咽喉を切開したというのである。 一方ではまた捕虜になって餓死したとか、世の中が厭になって断食して死んだとか色々の説があるから・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・光線が海水中に進入して行く時にはその光力は光の色によってそれぞれ一定の規則によって吸収されだんだんに減じて行くが、どこまでという境界はないはずである。人間の眼に感ずる極限といっても判然たるものではない。また写真の種板に感ずるのも照射の時間に・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・電火によって金属の熔融するのは、これら粒子の進入のために金属元子の結合がゆるめらるるといっているのも興味がある。 雷雨の季節的分布を論ずる条において、寒暑の接触を雷雨の成立条件と考えているのも見のがすことができない。 竜巻についても・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・が呱々の声を上げた旧宅の門前を過ぎ、その細密い枝振りの一条一条にまでちゃんと見覚えのある植込の梢を越して屋敷の屋根を窺い見る時、私は父の名札の後に見知らぬ人の名が掲げられたばかりに、もう一足も門の中に進入る事ができなくなったのかと思うと、な・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・ わたしは何故百枚ほどの草稿を棄ててしまったかというに、それはいよいよ本題に進入るに当って、まず作中の主人公となすべき婦人の性格を描写しようとして、わたしは遽にわが観察のなお熟していなかった事を知ったからである。わたしは主人公とすべき或・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 道は忽ち静になって人通りは絶え、霜枯れの雑草と枯蘆とに蔽われた空地の中に進入って、更に縦横に分れている。ところどころに泥水のたまった養魚池らしいものが見え、その岸に沿うた畦道に、夫婦らしい男と女とが糸車を廻して綱をよっている。その響が・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・ われわれ過渡期の芸術家が一度びこの霊廟の内部に進入って感ずるのは、玉垣の外なる明治時代の乱雑と玉垣の内なる秩序の世界の相違である。先ず案内の僧侶に導かれるまま、手摺れた古い漆塗りの廻廊を過ぎ、階段を後にして拝殿の堅い畳の上に坐って、正・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・だから集団農場の倶楽部に皆キノだのラジオが集中されて、農村で生産をすると同時に新しい文化が進入して行く。だからトラクトルと一緒に新しい文化が農村に及んで来るわけである。 それでいろいろの部分を見て、非常に感ずることは、ソヴェトのように生・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
出典:青空文庫