・・・「どうもシベリアへ来ると兵タイまでが過激化して困ります。」「何中隊の兵タイだ。」「×中隊であります。」 眼鼻の線の見さかいがつくようになると、大隊長は、それが自分の従卒だった吉原であることをたしかめた。彼は、自分に口返事ばかりし・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・大隊長は、ここがユフカで、過激派がいることだけを耳にとめた。それ以外、彼れにとって必要でない説明は一切、きき流してしまった。 過激派討伐を命ぜられた限り、出来るだけ派手な方法を以て、そこらへんにいる、それに類した者をも鏖にしなければなら・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・白軍の頭領のカルムイコフは、引渡された過激派の捕虜を虐殺して埋没した。森の中にはカルムイコフが捕虜を殺したあとを分らなくするために血に染った雪を靴で蹴散らしてあった。その附近には、大きいのや、小さいのや、いろいろな靴のあとが雪の上に無数に入・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・若い時分、野良で過激に酷使しすぎた肉体は、年がよるに従って云うことをきかなくなった。 親爺は、肥桶をかついだり、牛を使ったりするのを、如何にも物憂げに、困難げにしだしていた。米俵をかつぐのは、もう出来ないことだった。晩には彼は眠られなか・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 小さい盃で、チビチビ飲んでも、既にかくの如き過激の有様である。いわんや、コップ酒、ひや酒、ビイルとチャンポンなどに到っては、それはほとんど戦慄の自殺行為と全く同一である、と私は思い込んでいたのである。 いったい昔は、独酌でさえあま・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ エマーソンとラスキンの言葉を加えて二で割って、もう一遍これを現在のある過激な思想で割るとどうなるだろう。これは割り切れないかもしれない。もし割り切れたら、その答はどうなるだろう。あらゆる思想上の偉人は結局最も意気地のない人間であったと・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・こう考えると日本のある種の過激思想の発生には満員電車も少なからず責任があるような気がする。不幸にして多くの文明の利器は時々南向いた豚さえも北へ向かせるように出来ているのが多い。いわんや北へ向いているのを駆け出させるような刺戟は到る処にころが・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・それがどういう動機でまたどういう種類の行為であったかを確かめる事ができないのであるが、ともかくも、普通の温順なるべき象としてあるまじき、常規を逸した不良な過激な行為であった事だけは疑いもない事であるらしい。そういう行為をあえてするという事は・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・モオリスはその主義として芸術の専門的偏狭を憎みあくまでその一般的鑑賞と実用とを欲したために、時にはかえって極端過激なる議論をしているが、しかしその言う処は敢て英国のみならず、殊にわが日本の社会なぞに対してはこの上もない教訓として聴かれべきも・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・複雑な問題に対してそう過激の言葉は慎まなければ悪いが我々の開化の一部分、あるいは大部分はいくら己惚れてみても上滑りと評するより致し方がない。しかしそれが悪いからお止しなさいと云うのではない。事実やむをえない、涙を呑んで上滑りに滑って行かなけ・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫