・・・たとえば君が住まわれた渋谷の道玄坂の近傍、目黒の行人坂、また君と僕と散歩したことの多い早稲田の鬼子母神あたりの町、新宿、白金…… また武蔵野の味を知るにはその野から富士山、秩父山脈国府台等を眺めた考えのみでなく、またその中央に包まれてい・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・東京の道玄坂を小綺麗に整頓したような街である。路の両側をぞろぞろ流れて通る人たちも、のんきそうで、そうして、どこかハイカラである。植木の露店には、もう躑躅が出ている。 デパアトに沿って右に曲折すると、柳町である。ここは、ひっそりしている・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 淋しかったし、つけ元気で、道玄坂の長唄氷まで出かけたという有様です。そこで水瓜をたべ、引茶氷というの、お文公の発起でとったが、この引茶は不味。半分もたべなかった。それから角の本やによって、第一書房のをとって、来月の『アララギ』を一冊とらせ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・の続篇としての性格をもっている「渋谷道玄坂」をかき、その系列として「妻の座」を生んだことには、軽く通りすぎてしまうことのできない意味がみとめられる。「妻の座」は、題材の困難さも著しい。作者自身としては題材のむずかしさ、苦しさに力の限りと・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
出典:青空文庫