・・・現にバッグの話によれば、ある若い道路工夫などはやはり偶然この国へ来た後、雌の河童を妻にめとり、死ぬまで住んでいたということです。もっともそのまた雌の河童はこの国第一の美人だった上、夫の道路工夫をごまかすのにも妙をきわめていたということです。・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・のみならず震災後の東京の道路は自働車を躍らすことも一通りではない。保吉はきょうもふだんの通り、ポケットに入れてある本を出した。が、鍛冶町へも来ないうちにとうとう読書だけは断念した。この中でも本を読もうと云うのは奇蹟を行うのと同じことである。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・基線道路と名づけられた場内の公道だったけれども畦道をやや広くしたくらいのもので、畑から抛り出された石ころの間なぞに、酸漿の実が赤くなってぶら下がったり、轍にかけられた蕗の葉がどす黒く破れて泥にまみれたりしていた。彼は野生になったティモシーの・・・ 有島武郎 「親子」
・・・店は熔炉の火口を開いたように明るくて、馬鹿馬鹿しくだだっ広い北海道の七間道路が向側まではっきりと照らされていた。片側町ではあるけれども、とにかく家並があるだけに、強て方向を変えさせられた風の脚が意趣に砂を捲き上げた。砂は蹄鉄屋の前の火の光に・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・この活動の都府の道路は人もいうごとく日本一の悪道路である。善悪にかかわらず日本一と名のつくのが、すでに男らしいことではないか。かつ他日この悪道路が改善せられて市街が整頓するとともに、他の不必要な整頓――階級とか習慣とかいう死法則まで整頓する・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・……いやしくも温泉場において、お客を預る自動車屋ともあるものが、道路の交通、是非善悪を知らんというのは、まことにもって不心得。」……と、少々芝居がかりになる時、記者は、その店で煙草を買った。 砂を挙げて南条に引返し、狩野川を横切った。古・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・もとより溝も道路も判らぬのである。たちまち一頭は溝に落ちてますます狂い出す。一頭はひた走りに先に進む。自分は二頭の手綱を採って、ほとんど制馭の道を失った。そうして自分も乳牛に引かるる勢いに駆られて溝へはまった。水を全身に浴みてしまった。若い・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ダルガス、齢は今三十六歳、工兵士官として戦争に臨み、橋を架し、道路を築き、溝を掘るの際、彼は細かに彼の故国の地質を研究しました。しかして戦争いまだ終らざるに彼はすでに彼の胸中に故国恢復の策を蓄えました。すなわちデンマーク国の欧州大陸に連なる・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・草の間に細く赤土が踏みならされてあって、道路では勿論なかった。そこを登って行った。木立には遮られてはいるが先ほどの処よりはもう少し高い眺望があった。先ほどの処の地続きは平にならされてテニスコートになっている。軟球を打ち合っている人があった。・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・彼が家の横なる松、今は幅広き道路のかたわらに立ちて夏は涼しき蔭を旅人に借せど十余年の昔は沖より波寄せておりおりその根方を洗いぬ。城下より来たりて源叔父の舟頼まんものは海に突出し巌に腰を掛けしことしばしばなり、今は火薬の力もて危うき崖も裂かれ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫