一 ――ほこりっぽい、だらだらな坂道がつきるへんに、すりへった木橋がある。木橋のむこうにかわきあがった白い道路がよこぎっていて、そのまたむこうに、赤煉瓦の塀と鉄の門があった。鉄の門の内側は広大な熊本煙草専売局工・・・ 徳永直 「白い道」
震災の後上野の公園も日に日に旧観を改めつつある。まず山王台東側の崖に繁っていた樹木の悉く焼き払われた後、崖も亦その麓をめぐる道路の取ひろげに削り去られ、セメントを以て固められたので、広小路のこなたから眺望する時、公園入口の・・・ 永井荷風 「上野」
・・・余は夏蜜柑を食いながら、目分量で一間幅の道路を中央から等分して、その等分した線の上を、綱渡りをする気分で、不偏不党に練って行った。穴から手を出して制服の尻でも捕まえられては容易ならんと思ったからである。子規は笑っていた。膝掛をとられて顫えて・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・温泉地からそれらの町へは、いずれも直通の道路があって、毎日定期の乗合馬車が往復していた。特にその繁華なU町へは、小さな軽便鉄道が布設されていた。私はしばしばその鉄道で、町へ出かけて行って買物をしたり、時にはまた、女のいる店で酒を飲んだりした・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 吹雪も、捲上道路も、何も彼は見ていなかった。何の事はない、脱線して斜になった機関車が、惰力で二十間も飛んだ、と云った風な歩きっ振りであった。 小林が彼と肩を並べようとする刹那、彼は押し潰した畳みコップのように、ペシャッとそこへ跼っ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・また、これを大にして都鄙の道路橋梁、公共の建築等に、時としては実用のほかに外見を飾るものなきにあらず。あるいは近来東京などにて交際のいよいよ盛んにして、遂に豪奢分外の譏りを得るまでに至りしも、幾分か外国人に対して体裁云々の意味を含むことなら・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・実際こんなに川床が平らで水もきれいだし山の中の第一流の道路だ。どこまでものぼりたいのはあたりまえだ。向うの岸の方にうつろう。「先生この岩何す。」千葉だな。お父さんによく似ている。〔何に似てます。何でできてますか。〕だまっている。〔わ・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ 思いついて、私は一つの広い改正道路を横切って、銀映座の前へ行った。雨傘をさして外套の襟などを立てた黒い人の列が、そう大して人通りのない横丁のこっちの端までのびている。列のなかには派手なマフラーをした若い女のひともいたりして、傘が傾くと・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・事によったらこのまま恨を呑んで道路にのたれ死をするかも知れない。お前はこれまで詞で述べられぬ程の親切を尽してくれたのだから、どうもこの上一しょにいてくれとは云い兼ねる。勿論敵の面体を見識らぬ我々は、お前に別れては困るに違ないが、もはや是非に・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・そこでは時ならぬ菜園がアセチリンの光りを吸いながら、青々と街底の道路の上で開いていた。水を打たれた青菜の列が畑のように連なって、青い微風の源のように絶えずそよそよと冷たい匂いを群集の中へ流し込んだ。 彼は漸く浮き上った心を静に愛しながら・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫