・・・ この故に写生文家は地団太を踏む熱烈な調子を避ける。恁る狂的の人間を写すのを避けるのではない。写生文家自身までが写さるる狂的な人間と同一になるを避けるのである。避けるのではない。そこまで引き込まるる事がおかしくてできにくいのである。・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・、歴史等の大概を学び、又家の事情の許す限りは外国の語学をも勉強して、一通りは内外の時勢に通じ、学者の談話を聞ても其意味を解し、自から談話しても、其意味の深浅は兎も角も、弁ずる所の首尾全うして他人の嘲を避ける位の心掛けは、婦人の身になくて叶わ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいく・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・今はこれを避ける。ただ我等仏教徒はまず釈尊の所説の記録仏経に従うということだけを覚悟しよう。仏経に従うならば五種浄肉は修業未熟のものにのみ許されたこと楞迦経に明かである。これとても最後涅槃経中には今より以後汝等仏弟子の肉を食うことを許されず・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ この困難な、けれども正直に生きるすべてのものにとって避けることの出来ない試みは、どのようないきさつで同じ女主人公の上に経験されたか。それは、まだ描かれていないのである。 一九四六・夏〔一九四六年十二月〕・・・ 宮本百合子 「あとがき(『伸子』第一部)」
・・・くだらない偶然で紛糾をひきおこすことは避けるだけの実際性にも富んでいることが生活態度としてある貴いものを与えることにもなるのであると思う。 友情という二つの文字は簡単だが、そこにこめられてある内容は何と複雑だろう。まして、異性の間に友情・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・その時茶店の軒へ駆け込んで雨を避ける二人連の遊人体の男がある。それが小降になるのを待ちながら、軒に立ってこんな話をした。 一人が云った。「お前に話そうと思って忘れていたが、ゆうべの事だった。丁度今のように神田で雨に降り出されて、酒問屋の・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ この車にあえば、徒歩の人も避ける。騎馬の人も避ける。貴人の馬車も避ける。富豪の自動車も避ける。隊伍をなした士卒も避ける。送葬の行列も避ける。この車の軌道を横たわるに会えば、電車の車掌といえども、車をとめて、忍んでその過ぐるを待たざるこ・・・ 森鴎外 「空車」
・・・それが不可能であることを承知していればこそ、日本画家はそれを避けるのではないか。そうして実際の印象とは縁の遠い、ムラのない単色の水面や板壁を描くことになるのではないか。すなわち画布や絵の具が写実を不可能にするゆえに、写実の代わりに、真実を暗・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・その表現に際して虚偽を絶対に避けるためには、姙まれたものに対する極度の誠実と愛と配慮とがなくてはならぬ。――もともと姙まない者が、すなわち高い深い内生を、生命の沸騰を、持っていない者がそれを持っている者のごとくふるまい表現しようとするごとき・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫