・・・――ところで、とぼけきった興は尽きず、神巫の鈴から思いついて、古びた玩弄品屋の店で、ありあわせたこの雀を買ったのがはじまりで、笛吹はかつて、麻布辺の大資産家で、郷土民俗の趣味と、研究と、地鎮祭をかねて、飛騨、三河、信濃の国々の谷谷谷深く相交・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 五 神巫たちは、数々、顕霊を示し、幽冥を通じて、俗人を驚かし、郷土に一種の権力をさえ把持すること、今も昔に、そんなにかわりなく、奥羽地方は、特に多い、と聞く。 むかし、秋田何代かの太守が郊外に逍遥した。小や・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・正義のみの村落、もしくは、美のみの郷土というものは、探し出されなかった。たとえば、人間に共通した真理はある。理想はある。感情はある。けれど、それのみの世界というものは、現実に於てあり得ない。大衆といい、民衆といい、抽象的に、いかように人間を・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・勿論その中には、郷土的色彩のあるものもあるけれど、要するにそれ等の認識、発見に目的があるのでなくして、一般の娯楽に供せんとする発意に外ならない。いやしくも、それ等の芸術に依拠して、真の美感を与えよく芸術の使命を果すものありとすれば、それは、・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・ 以上を要約するに、現実に立脚した、奔放不覊なる、美的空想を盛り、若しくは、不可思議な郷土的な物語は、これを新興童話の名目の下に、今後必ずや発達しなければならぬ機運に置かれています。いまの児童の読物のあまりに杜撰なる、不真面目なる、・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・われわれの国の固有の伝統と文明とは、東京よりも却って諸君の郷土に於て発見される。東京にあるものは、根柢の浅い外来の文化と、たかだか三百年来の江戸趣味の残滓に過ぎない。大体われ/\の文学が軽佻で薄っぺらなのは一に東京を中心とし、東京以外に文壇・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・そして郷土の近くの士族の息子が大尉になっているのを、えらいもののように思いこまされた。 しかし、大尉が本当にえらいか? 乃木大将は誰のために三万人もの兵士たちを弾丸の餌食として殺してしてしまったか? そして、班長のサル又や襦袢の洗濯・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・今に、国立公園になるというんで、郷土的な名誉心をそそられたりした。 便所のところで、剣が、ガチャガチャ鳴った。「オイ、来いというのにどうして来ねえんだい!」三時間もすると、又、巡査がやって来た。「ハア。」「こんなところに、勝・・・ 黒島伝治 「名勝地帯」
・・・それで其等の勢力が愛郷土的な市民に君臨するようになったか、市民が其等の勢力を中心として結束して自己等の生活を安固幸福にするのを悦んだためであるか、何時となく自治制度様のものが成立つに至って、市内の豪家鉅商の幾人かの一団に市政を頼むようになっ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・「僕の郷土の先輩なんだ。郷土の先輩なんて、可笑しなものさ。同じお国訛があるだけさ。僕は、その人からお金をもらって、いや、ただもらっていたわけじゃ無いんだ。僕は、教えていたんだ。」「教えながら教わっていたのかね。」私は、早くこの話を、やめ・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫