・・・洋行中仏蘭西のフレデリック・ミストラル、白耳義のジョルヂ・エックー等の著作をよんで郷土芸術の意義ある事を教えられていたので、この筆法に倣ってわたくしはその生れたる過去の東京を再現させようと思って、人物と背景とを隅田川の両岸に配置したのである・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・大河内氏は日本の農業精神を土に親しみ、郷土を愛し、奉公の念に満ちているものと内容づけておられるのである。 つい先頃までは、鶏小舎であったところが一寸手を入れられて、副業的作業場となり、村から苦情の出るような賃銀をとって、重工業に参加する・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・人生と人間の理想とその実現の努力に対する作者の感慨は主人公半蔵の悲喜と全く共にあり、氏一流の客観描写である如きであって実は克明な一人称である筆致で、郷土地方色をも十分に語った作品である。「夜明け前」の主人公は時代が推移して明治が来るとともに・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・『郷土』創刊号の編輯は『関西文学』とは違ったジャーナリスティックな性質において都会的である。が、雑文「瓦職仁儀」や創作「養蚕地帯の秋」などは、地方の生産、それとの関係においての人々を描き、興味があった。文学のひろびろとした発展のために無・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・ 世の中の勢は益々画一へ向い、工場でも小さな工場は併呑されて消えて行っている一方で、人々の感情に郷土的な品物や極めて手工業的な製作品が新しい興味を呼びさまして来ている関係は、今日の日本の文化の心理として案外に微妙であり重大でもあるのでは・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・その上、長崎人は、鹿児島の人々などと違い、自分達の祖先の生活に流れこんだ外国文明に、郷土文化との対立や文明史的の客観を持ち難い程、心持の上でコスモポリタンになって居るのではあるまいか。生活を来るがまま、流るるがまま、都市として持つ古さの自覚・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
一九二〇年三月二十二日 郡山は市に成ろうとして居る。桑野は当然その一部として併合されるべきものである。村の古老は、一種の郷土的愛から、その自治権を失うことを惜しみ、或者は村会議員として与えられて居た名誉職を手放す事をな・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ 単に郷土的意味で、そこから一人代議士が出ると、村の有志は皆年に一度ずつその代議士のひきで東京見物をすることになる実際が、文学以前のことであるのも自明である。 地方に分散して何かの力をもつ作家やグループが、真に文学として分散して存在・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・東京の裏街で昔の江戸の匂いを嗅これらの郷土の風景と住民と芸術との一切が、ここにはあたかも交響楽に取り入れられた数知れぬ音のようにおのおのその所を得、おのおのその微妙な響きを立てているのである。 木下はこれらの物象を描くに当たって、その物・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫