・・・ その途端、一人の大男が、こそこそと、然しノッポの大股で、境内から姿を消してしまったが、その男はいわずと知れた郷士鷲塚佐太夫のドラ息子の、佐助であった。 佐助は、アバタ面のほかに人一倍強い自惚れを持っていた。 その証拠に、六・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ 叔母の家は古い郷士で、そのころは大分家産が傾いていたそうですが、それでも私の目には大変金持のように見えたのでございます。太い大黒柱や、薄暗い米倉や、葛の這い上った練塀や、深い井戸が私には皆なありがたかったので、下男下女が私のことを城下・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 亮の家の祖先は徳川以前に長曾我部氏の臣であって、のち山内氏に仕えた、いわゆる郷士であった。曾祖父は剣道の師範のような事をやっていて、そのころはかなり家運が隆盛であったらしい。竹刀が長持ちに幾杯とかあったというような事を亮の祖母から・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・さみしさ凄さはこればかりでもなくて、曲りくねッたさも悪徒らしい古木の洞穴には梟があの怖らしい両眼で月を睨みながら宿鳥を引き裂いて生血をぽたぽた…… 崖下にある一構えの第宅は郷士の住処と見え、よほど古びてはいるが、骨太く粧飾少く、夕顔の干・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫