・・・局彼は人間の精神的要求が完全し満足される環境を、物質価値の内容、配当、および使用の更正によって準備しうると固く信じていた人であって、精神的生活は唯物的変化の所産であるにすぎないから、価値的に見てあまり重きをおくべき性質のものではないと観じて・・・ 有島武郎 「想片」
・・・挙げ、袖を振動かせば、斉しく振動かし、足を爪立つれば爪立ち、踞めば踞むを透し視めて、今はしも激しく恐怖し、慌しく駈出帽子を目深に、オーバーコートの鼠色なるを被、太き洋杖を持てる老紳士、憂鬱なる重き態度にて登場。初の烏ハタと行当る・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 二十五年前には文学士春の屋朧の名が重きをなしていても、世間は驚異の目をって怪しんだゝけで少しも文学を解していなかった。議会の開けるまで惰眠を貪るべく余儀なくされた末広鉄腸、矢野竜渓、尾崎咢堂等諸氏の浪花節然たる所謂政治小説が最高文学と・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・社会科学としては、それも重きをなす学説にちがいありません。そして、それを信ずることは、その人の勝手です。しかし、芸術には、その他の場合があるばかりでなく、芸術本来の精神は、もっと自由なものであり、その自由の教化に於てこそ存在の理由があるのだ・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・近時、児童の読物といえば、先ず科学的知識を主としたものが重きをなすようになったのもそのためであります。 しかし、科学的知識のみを基礎とした読物は、たとえ好奇心と興味とを多分に持たせることはできても、個性や、特質や、体験ということを無視す・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・強制、強圧を排して、自治、自得に重きを置くはこのためです。 その最もいゝ例は、おじいさんや、おばあさんが、毎日、毎夜同じお話を孫達に語ってきかせて、孫達は、いくたびそれを聞いても、そのたびに新しい興味を覚えて飽きるを知らざるも、魂の接触・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・ただ二人が唄う節の巧みなる、その声は湿りて重き空気にさびしき波紋をえがき、絶えてまた起こり、起こりてまた絶えつ、周囲に人影見えず、二人はわれを見たれど意にとめざるごとく、一足歩みては唄い、かくて東屋の前に立ちぬ。姉妹共に色蒼ざめたれど楽しげ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 青年の心には深き悲しみありて霧のごとくかかれり、そは静かにして重き冷霧なり。かれは木の葉一つ落ちし音にも耳傾け、林を隔てて遠く響く轍の音、風ありとも覚えぬに私語く枯れ葉の音にも耳を澄ましぬ。山鳩一羽いずこよりともなく突然程近き梢に止ま・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・宇宙と自己、社会共同体と自己、自己の使命的仕事、人類愛ならびに正義の問題等は恋愛よりもさらに重き、公なる題目として関心されていなければならない。恋愛よりもより強く、公なるイデーによって、衝き動かされないことは男子の不面目である。恋愛をもって・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ かくて智恵と力をはらんで身の重きを感じたツァラツストラのように、張り切った日蓮は、ついに建長五年四月二十八日、清澄山頂の旭の森で、東海の太陽がもちいの如くに揺り出るのを見たせつなに、南無妙法蓮華経と高らかに唱題して、彼の体得した真理を・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫