・・・ 少し先へ行くとモスクワ第一の大金属工場「鎌と鎚」の工場へ出る、その手前で電車を下りた。 町の名、番地を書いてある紙片を手にもって、曲り角を見上げては、右へ、また右へと静かな通りを進みました。 暫く行くと左側に「母と子の健康相談・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・ 木橋を境にして、九千人の従業員をもつモスク第一の金属工場「鎌と鎚」が、蜒々と煉瓦壁をのばしている。「郵便」と書いた板の出ている小さい入口をわれわれは入って行った。ここに、鎌と鎚工場の工場新聞の発行所がある。そして、文学研究会の中心・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ 常識で考えても、常に強い光りを眼に感じているガラス工、金属工などと、永年にわたって光線の不足な中に働いている炭坑夫などとの間には、同じ色彩に対してもそれぞれ異なった反応を示すであろうと思われる。又朝から夕方まで人工光線で生活するデパー・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・ 決議はモスクワの主要な金属工場、電気工場が主となって、作家の「師匠役」をつとめようというのだ。 その決議文の中に、こういう大衆からの提議があった。一、作家たちはもっと大衆にわかりやすい文学的言葉をつかってくれ。二、作品の筋・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 白い壁について煌々あたりを輝やかしているいくつもの電燈のカーボン線を震わすような女の声が、マイクロフォンをとおして金属的に反響している。 ――このようにして、タワーリシチ! 五ヵ年計画はソヴェト鋳鉄生産額を世界第三位に、石炭採掘量・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 其と同時に、此の騒音の最中から、何等の諧調を求めて、微かながら認め得た一筋の音律を、急がずうまず辿って行く、僅かながら、高く澄んだ金属性の調音も亦、天の果から果へと伝って参ります。 日本にも馬鹿は居ります。アメリカにも大馬鹿が居り・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・壁も天井も全部白く、出来るなら、細かい金属製ネットを張った大窓。蠅などが、成たけ入らないように、安心して食物を並べて置かれることが必要でしょう。台所と此処とは、夜一番明るく電気をつける事が大切です。外の部屋は落付きとか感興とかで、却って、隅・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ 昭和十二年七月に事変が勃発してから僅か二年の間にさえ、若い女性たちの重工業への進出は金属工業で男が一六パーセント増したのに対して女子四二パーセント増しとなっている。機械器具製造では男子二一パーセント増しに対して女子三〇パーセントという・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・それは丁度雑りものの賤金属たる鴎外が鋳潰されたと同じ時であった。さて今の文壇になってからは、宙外の如き抱月の如き鏡花の如き、予はただその作のある段に多少の才思があるのを認めたばかりで、過言ながらほとんど一の完璧をも見ない。新文学士の作に至っ・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・突如として鋭い金属の響きが堂内を貫ぬき通るように響く。美しい高い女高音に近い声が、その響きにからみついて緩やかな独唱を始める。やがてそれを追いかけるように低い大きい合唱が始まる。屈折の少ない、しかし濃淡の細やかなそのメロディーは、最初の独唱・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫