・・・ 僕は譚にこう言われた時、おのずから彼の長沙にも少ない金持の子だったのを思い出した。 それから十分ばかりたった後、僕等はやはり向い合ったまま、木の子だの鶏だの白菜だのの多い四川料理の晩飯をはじめていた。芸者はもう林大嬌の外にも大勢僕・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・それから甲の友人は乙の友人よりも貧乏にならず、同時に又乙の友人は甲の友人よりも金持ちにならず、互いに相手を褒め合うことに無上の満足を感ずるのである。それから――ざっとこう云う処を思えば好い。 これは何もわたし一人の地上楽園たるばかりでは・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それが金持ちになったら汗水垂らして畑をするものなどは一人もいなくなるだろう」「それにしてもあれはあんまりひどすぎます」「お前は百歩をもって五十歩を笑っとるんだ」「しかし北海道にだって小作人に対してずっといい分割りを与えているとこ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ここの親方は函館の金持ちで物の解った人だかんな」 そういって小屋を出て行った。仁右衛門も戸外に出て帳場の元気そうな後姿を見送った。川森は財布から五十銭銀貨を出してそれを妻の手に渡した。何しろ帳場につけとどけをして置かないと万事に損が行く・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・どことかの大金持だの、何省の大臣だのに売ってやると言って、だまして、熊沢が皆質に入れて使ってしまって、催促される、苦しまぎれに、不断、何だか私にね、坊さんが厭味らしい目つきをするのを知っていて、まあ大それた美人局だわね。 私が弱いもんだ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 私の小屋と真向の……金持は焼けないね……しもた屋の後妻で、町中の意地悪が――今時はもう影もないが、――それその時飛んで来た、燕の羽の形に後を刎ねた、橋髷とかいうのを小さくのっけたのが、門の敷石に出て来て立って、おなじように箔屋の前を熟・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ら、あるいは画師となって立派に門戸を張る心持がまるきりなかったとも限らないが、その頃は淡島屋も繁昌していたし、椿岳の兄の伊藤八兵衛は飛ぶ鳥を落す勢いであったから、画を生活のたつきとする目的よりはやはり金持の道楽として好きな道から慰みに初めた・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・無論、沼南は金持ではなかった。が、その社会的位置に相応する堂々たる生活をしていたので、濁富でないまでも清貧を任ずるには余りブールジョア過ぎていた。それにもかかわらず、何かというと必要もないのに貧乏を揮廻していた。 沼南が今の邸宅を新築し・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・そして、かなりの金持ちとなりました。そうすると、自分の生まれた国がなつかしくなったのであります。国へ帰っても、母親もなければ、兄弟もありませんけれど、子供の時分に自分を育ててくれたしんせつな人々がありました。彼は、その人たちや、村のことを思・・・ 小川未明 「牛女」
・・・ どこか、金持ちで、なに不自由なく暮らされて、娘をかわいがってくれるような人のところへやりたいものだと考えていました。 すると、あるとき、旅からわざわざ使いにやってきたものだといって、男が、たずねてきました。そして、どうか、娘さんを・・・ 小川未明 「海ぼたる」
出典:青空文庫