・・・から、マントの袖で拭いてまわって、いつしか、私にも、薬がきいて、ぬらぬら濡れている岩の上を踏みぬめらかし踏みすべり、まっくろぐろの四足獣、のどに赤熱の鉄火箸を、五寸も六寸も突き通され、やがて、その鬼の鉄棒は胸に到り、腹にいたり、そのころには・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その箱の上に二本鉄棒を押し立てて、その頂上におもちゃの弓をつけたような格好のものである。それでもこれが通ると、途中の草原につながれて草をはんでいる馬が、びっくりしてぴょんぴょんはねるのである。 旧軽井沢の町はユニークな見ものである。ちょ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
一 電車停留場のプラットフォームに「安全地帯」と書いた建札が立っている。巌丈な鉄棒の頂上に鉄の円盤を固定したもので、人の手の力くらいでは容易に曲げ動かすことが出来ないように出来ている。それが、どうし・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・ この御手洗の屋根の四本の柱の根元を見ると、土台のコンクリートから鉄金棒が突き出ていて、それが木の根の柱の中軸に掘込んだ穴にはまるようになっており、柱の根元を横に穿った穴にボルトを差込むとそれが土台の金具を貫通して、それで柱の浮上がるの・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・、三十尺の高さに噴き上げている水と蒸気を止めるために大勢の人夫が骨を折って長三間、直径二インチほどの鉄管に砂利をつめたのをやっと押し込んだが噴泉の力ですぐに下から噴き戻してしまうので、今度は鉄管の中に鉄棒を詰めて押し入れたらやっと噴出が止ま・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・深水はからだをのりだすようにして、「そりゃええ、パトロンが出来たなら、鬼に金棒さ、うん――」 ゆあがりの胸をひろげて、うちわを大げさにうごかしている。頭髪にチックをつけている深水は、新婚の女房も意識にいれてるふうで、「――わしも・・・ 徳永直 「白い道」
・・・京町には素見客の影も跡を絶ち、角町には夜を警めの鉄棒の音も聞える。里の市が流して行く笛の音が長く尻を引いて、張店にもやや雑談の途断れる時分となッた。廊下には上草履の音がさびれ、台の物の遺骸を今室の外へ出している所もある。遥かの三階からは・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・拳の如き瘤のつきたる鉄棒を片手に振り翳して骨も摧けよと打てば馬も倒れ人も倒れて、地を行く雲に血潮を含んで、鳴る風に火花をも見る。人を斬るの戦にあらず、脳を砕き胴を潰して、人という形を滅せざれば已まざる烈しき戦なり。……」ウィリアムは猛き者共・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・器械体操では、金棒に尻上がりもできないし、木馬はその半分のところまでも届かないほどの弱々しさであった。 安岡は、次から次へと深谷のことについて考えたが、どうしても、彼が恋人を持っているとは考えられなかった。それなら……盗癖でもあるのだろ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・―― 私は高い窓の鉄棒に掴まりながら、何とも言えない気持で南瓜畑を眺めていた。 小さな、駄目に決まり切っているあの南瓜でも私達に較べると実に羨しい。 マルクスに依ると、風力が誰に属すべきであるか、という問題が、昔どこかの国で、学・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫