・・・するとそれらの一枚は、樹下に金髪の美人を立たせたウイスキイの会社の広告画だった。 二八 水泳 僕の水泳を習ったのは日本水泳協会だった。水泳協会に通ったのは作家の中では僕ばかりではない。永井荷風氏や谷崎潤一郎氏もやはり・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・短い金髪が、朝風にぱさぱさ踊っている。ひとりは、そばかすで鼻がまっくろである。もうひとりの子は、桃の花のような頬をしている。 やがて二人は、同時に首をかしげて思案した。それから鼻のくろい子供が唇をむっと尖らせ、烈しい口調で相手に何か耳う・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・豊かな金髪をちぢらせてふさふさと額に垂らしている。伏目につつましく控えている碧い神経質な鋭い目も、官能的な桜桃色の唇も相当なものである。肌理の細かい女のような皮膚の下から綺麗な血の色が、薔薇色に透いて見える。黒褐色の服に雪白の襟と袖口。濃い・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・少し短い金髪をも上手にたばねてくれました。真珠の頸飾をゆったり掛けて、ラプンツェルがすっくと立ち上った時には、五人の侍女がそろって、深い溜息をもらしました。こんなに気高く美しい姫をいままで見た事も無し、また、これからも此の世で見る事は無いだ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 夕映えの雲の形が崩れて金髪の女が現われる。乱れた金髪を双の手に掻き乱して空を仰いだ顔には絶望の色がある。その上に青い星が輝いている。 炉の火が一時にくずれて、焔がぱったり消える。老人はさっきのままの姿勢でいつまでも炉の火を見つめて・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・どんなものができているかのぞいてみたくてこわごわ近づくと、十二三ぐらいの金髪の子供がやって来て「アマリ、ソバクルト犬クイツキマース」などと言った。実際そばには見た事もないような大きな犬がちゃんと番をしているのであった。 それから二十何年・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・緑がかったスコッチのジャケツを着て、ちぢれた金髪を無雑作に桃色リボンに束ねている。丸く肥った色白な顔は決して美しいと思われなかった。少しそばかすのある頬のあたりにはまだらに白粉の跡も見えた。それで精一杯の愛嬌を浮かべて媚びるようなしなを作り・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ まっ黒なピアノに対して童顔金髪の色彩の感じも非常に上品であったが、しかしそれよりもこの人の内側から放射する何物かがひどく私を動かした。 平たく言えば私はその時から全くケーベルさんが好きになったのであった。もっともその前からその人が・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・事によるとこの麻束が女の金髪から来ているかもしれないが、しかし自分の記憶には金髪と魔術師また音楽者との聯想は意識されない。 寺田寅彦 「夢判断」
・・・私が行ったとき、托児所の庭の青々と茂った夏の楡の樹の下にやや年かさの女が三つばかりの男の子を抱き、金髪の若々しい母親が白い服を着せた生れたばかりの赤児を抱いて、静かに談笑しながら休んでいた。話して見ると、何と愉快なことだろう。この二人の年齢・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
出典:青空文庫